23杯目:やる気
「こっちだ!」
私とゲルフは、入り組んだニールベルトの街中を大急ぎで走っていた。
ゲルフの話によると、ニールベルトの南門を出た先。ニールベルトとグローザックを繋ぐ街道にて、荷馬車がモンスターに襲われたらしい。
「っていうか、なんでこんな夜中に移動を? それに護衛とかつけてなかったの?」
「ニーグロ街道は基本的にモンスターが出ねぇ。だから朝から夜まで荷馬車は走ってる」
”ニーグロ街道”というのは、ニールベルトとグローザックを繋ぐ街道で、ニグロ街道と呼ばれているらしい。
ちなみに、ニールベルトとユルティムを結ぶ街道は”ニーユル街道”と呼ばれてるとか。
「とは言っても稀に盗賊が出るから、ベドウィンとベゴニアという兄弟の冒険者が護衛していたらしい」
「ならどうして……?」
冒険者がついてるなら、ある程度のモンスターの襲撃くらい対処できそうだけど……。
「逃げてきた行商人によると、”たくさんの遠吠えが聞こえてるのに、襲ってきたモンスターが見えなかった”との事だ」
「どういうこと?」
襲われてるのに見えない?
そんなモンスターいるの?
……どんな味なんだろ。えへ。
「遠吠えに加えて、透明で集団行動となると、クラルテ・ウルフしかいねぇ」
「クラルテ・ウルフ?」
聞いた事ないモンスターだ。
村にいたじいちゃんの武勇伝でも聞いた事ない。
「ああ、透明なウルフ系のモンスターだ」
「透明?! そんなの、どこから襲ってくるかわかんないじゃん!」
「ああ、クラルテ・ウルフは特殊な皮膚を持っていて、周囲の色を取り込んで完全に擬態する。別名、透明の牙とも呼ばれる上級モンスターだ」
透明なモンスター。確かにそんなモンスターの群れに襲われたらひとたまりもない……。気づいた頃には全滅してる。
「護衛の二人はDランク冒険者だが、兄のベドウィンは接近が得意で回復魔法もこなすし、弟のベゴニアは氷の魔法が得意な相性の良い二人だ」
確かに……。それならどんな敵が来てもある程度は対処できそうだけど。Dランクがどんなもんかわからない。
「そのクラルテ・ウルフって、どれくらいのランクがあれば倒せるの?」
「……Aだ」
「やばいじゃん!」
そう言ったゲルフの顔色も良くない。DとかAがどれくらいかわらかないけど、とりあえず三段階も上の格上って事だよね? やばっ。
「ちなみに、ゲルフのランクは?」
「Bランクだ。正直、俺でも勝てるかわからん。それで高ランク冒険者を待っていたところに、お前が来たってわけだ」
なるほど。シトラスがゲルフを止めた理由もわかる。
Bランクの冒険者とAランクのモンスターの差がどれくらいかわからないけど、格上が複数いたら秒でやられそう……。
っていうか、ノリで着いてきちゃったけど、私も戦う流れなの? 無理くない? 高ランク冒険者様とやらを待ってた方がいいんじゃ……。
だけど、話を聞く限り襲撃されてから結構時間が経っているっぽい。二人の生存は怪しいのか、ゲルフの真剣な表情を見ると今更「帰る」なんて、言える雰囲気ではなかった。
「見えたぞ! 南門だ!」
視界の先。門には既に五〜六人の衛兵が集まっていた。
そして門には、場違いな豪華な装飾を身につけた馬と、行商人らしき恰幅の良いおじさんが地面にへたり込んでる。きっと荷馬車から切り離して逃げてきたんだろう。
「あ! ゲルフさん!」
一人の兵士が私たちに気付いた。
みんな同じ格好をしてるからわからないけど、どうやらゲルフの知り合いらしい。
「コバルト! 進展はあったか?!」
「いえ、高ランク冒険者は誰も連絡が取れず……」
「クソが……。普段偉ぶってる癖に、肝心な時に役にたたねぇじゃねぇか! ……仕方ねぇ、行くぞ! ルルシアン!」
「え、あの、ちょっと待って。ノリでついてきちゃったけど、私そんなに強くないよ?」
やっと言えたとおもったが、私のその発言にカチンと来たのか、ゲルフの表情が変わった。
「は? んなわけねぇだろ。俺やナイジェルをぶっ飛ばしたじゃねぇか。俺の見立てではお前はAランク相当の力があるぞ」
「えーっとあれは、お腹が空いてて偶然というかなんというか……その」
煮え切らない私の回答に、ゲルフの語尾が強まる。
「聞けルルシアン。二人はいま、死にかけてるかもしれねぇんだぞ? 人を助けるのは、力を持つ者の責務だ!」
ゲルフが怒るのもわかるけど、本当に私にはそんな力はないし、それに……。
「だって私。モンスターと戦ったことないもん」
これは本当だ。ミストに話した通り、村のおじいちゃんに体術っぽいのは習ったけど、魔法だって使えないし、
「だが、こうしてる間にも二人がやべーかも知れねぇんだぞ! 覚悟を決めろ! ルルシアン!」
「いやいや、本当に無理だって、私はただの村娘だもん……」
急いで助けに行きたいけど実力の足りてないゲルフと、モンスターと戦いたくない実践経験のない冒険者未満の私との温度差が、二人の足を止めた。
ぎゅるるる……。
はぁ、ゲルフと言い合いをしていたらお腹かが空いてきた。襲撃されてから結構時間経つし、このまま高ランク冒険者が来るのを待ってればいいんじゃないかな。なんて思っていた時だった。
「なにをしてる! 早くいけ!」
私たちの間に割って入ってきたのは、行商人のおじさんだった。全身宝石だらけで、豪華な衣装にでっぷりとしたお腹で髪も少し後退している。
「何をぐずぐずしている! 早く行かんか! 吾輩の大切な商品達に傷一つでもついてたら許さんからな!」
行商人のおじさんは残してきた護衛の冒険者よりも、商品の心配をしている。いや、人としてどうなの?
「「……」」
それはこの場にいた全員が同じことを思ったようで、みんなの表情が曇る。ゲルフも行商人を睨んでいる。相当ムカついてるとは思うけど、それでもゲルフは冒険者だ。依頼人を罵倒することはできない。
「早く行けと言ったら行け!」
それでも動かない私達を見て、地団駄を踏む行商人のおじさんは、何か思い出したように手をポンと叩いた。
「ああ、そうか。そういうことか。……グフフ。お前ら貧乏人の考えなど吾輩にはお見通しだ。金だろう? そういえば依頼の成功報酬を提示していなかったな」
行商人のおじさんは、油の乗った顎肉を撫でると、気持ち悪い笑みを浮かべながらニヤっと笑った。
「よし、全ての商品を無事に回収出来たら、金貨二千枚を払おうじゃないか」
「あのな、別に金で……」
「に、二千?!」
ゲルフが何か言いかけた言葉を、私の素っ頓狂な裏声がかき消した。
「ああ、そうだ。お前ら貧乏人が一生働いてもなかなか見ることの出来ない金だ」
わぁお! そのお金があれば、ミストを返してもらえるしクロリアに怒られない! 最高だ! ひゃっほう!
「本当に本当?!」
「ああ、吾輩も商人だ。取引で嘘はつかん。だから早く回収にいけ! ただし一つでも商品に傷を付けたら許さんぞ!」
俄然やる気が湧いてきた。
むしろ千載一遇のチャンス!
クラルテ・ウルフが透明だって言ったって、所詮はウルフ系モンスターだよね! 空を飛んで火を吐いたりするわけじゃないだろうし! ゲルフを囮にしてサクッと倒して帰ってこよう!
それに商品に少しくらいなら傷がついてたって、満額とは行かなくともそれなりには貰えるはず!
「乗れ! ルルシアン!」
金貨二千枚に期待を膨らませている間に、ゲルフが既に馬に乗っていた。行商人が逃げる時に乗ってきた馬ではなく、兵士たちが普段使う速馬のようだ。対モンスター用に装備がついている馬だ。
「よっと」
私は馬に飛び乗ってゲルフの後ろに座ると、すぐに馬は走り出した。
「ゲルフ! 急ごう! 二人が心配だよ!」
「おう! やる気になってくれてよかったぜ!」
金貨二千枚も大事だけど、応戦してる二人の冒険者の安否も心配してるからね?! 目が金貨になんてなってないよ?!
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