22杯目:お誘いは突然に
「むりむり! 二千枚なんて、払えないよ! ぼ、ぼったくり!」
私は無茶苦茶な価格設定に反論すると、店主の瞳に怒りの火が宿ってしまった。
「あ? ぼったくりだ? てめぇが食ったサラダもステーキも! どれだけ入手難易度が高いか知ってんのか?! ああ?!」
うう、それぞれがいくらなのか知らないけど、確かに村でもティグルの肉は出回ってなかったから、相当レアな食材だってのはわかる……。でも二千枚は高すぎじゃ……。
「でも、お金がないんですぅ……」
「ちっ。いくら持ってやがる」
言われて私は、手持ちの全財産である金貨十枚を、テーブルの上に並べた。
「その格好でたった十枚ってわけないだろ!」
ああ、そうか。この店主、私をお金持ちの娘と勘違いしてるんだ……。とは言っても、ただの村娘だって言って信じてくれそうもない……。
「い、家に帰ればもう少し出せますので……」
「だよな? んじゃ、一旦ツケにしてやるよ」
ホッ……。よかった。
とりあえず帰ったら、クロリアになんとか少しだけ貸してもらえないか聞いてみよう。ああ、借金が膨らんでいく……。
「その代わり!」
店主がサッと素早く、テーブルの隅に置いてあった青灰色のペンダントをかすめとった。
「全額受け取るまで、これは預かっておく」
「ええーーーー! ダ、ダメです! それだけは勘弁してください!」
「ほぉ、その反応をからして、こいつは相当な値打ちもんらしいな。ツケのカタにしては十分な価値がありそうだ」
や、ヤバイ……。ミストが取られちゃう……。
いくらクロリアでも金貨二千枚をすぐに用意できないと思うし、その間にロベリアの館への侵入チャンスが来ちゃったら、本当にまずい。
なによりも、ミストを借金の方に取られたなんてクロリアに知れたら……。殺される……。
「返済猶予は……そうだな。10日以内だ。わかったらさっさと帰って親に出してもらえ」
それだけ言われると、有無を言わさず私はポーイと、満腹堂場を追い出されてしまった。
「あああああ! どうしよぉおお!」
これもまた満腹になると不幸になる呪い?!
ミストの言うことを聞いて、素直にギルドに行ってればよかったぁー! なんか店主が私のがんばりに好意的だったし、フレンドリーな雰囲気だったから油断した……。うう……。ミスト、ごめん。
はぁ、もう自分が嫌になる……。
何をやっても空回り……。
「とにかくギルドに行こう……」
ミストを取り上げられて、お金も取られて、大量の借金作っただけなんて、クロリアになんて言えば……。
帰る場所は一つしかないし帰るしかないのに、クロリアに報告するのが怖くて、私は当てもなく街を彷徨った。
一時間、二時間と過ぎると、次第に街の中からは人が消え、昼間とは打って変わるほどの静寂が街を包み込んだ。
「どうしよう。どこかに大金落ちてないかな……」
そうだよ。お金さえあれば、ミストは取り戻せるし、クロリアには怒られないし、完璧じゃない?
そんな邪な考えが私の足を無意識に動かしたのか、気付くとギルドの前にやってきていた。
さすがは冒険者。こんな時間でも活動してる人がいるらしく、ギルドからはほんのり料理の匂いが漂ってきた。
ぎゅるる。
「お腹空いてきちゃった……」
満腹堂場で食べてから結構経つ。
不思議と眠くは無いけど、お腹は正直だった。
「金貨二千枚が報酬の依頼なんてないよね……」
ギルドの入り口の影に隠れてチラッと依頼掲示板の方を眺めたけど、はぁとため息がでるだけだった。
わかってる。私みたいなペーペーが受けれる依頼なんてたかが知れてる。良くて金貨一枚。とてもじゃ無いけど今夜中に稼ぐなんて……。
やっぱりクロリアに正直に謝ろう……。
そう思って、ギルドの入り口から離れようとした時だった。
「もう待てん! シトラス! 俺は行くぞ!」
ギルドから私がぶっ飛ばした大男のゲルフが、鼻息を荒くして出てきた。
「ゲルフさん! 落ち着いてください! いま高ランクの冒険者を呼びに行ってますから! もう少し待ってください!」
ゲルフを追いかけて、幼い顔立ちの青年がギルドから出て来た。薄黄色の髪に、黒い瞳が幼さをさらに助長させている。
「うっせぇ! 来るかどうかもわからねぇ奴なんか待ってられ……。げ、怪力女……」
入り口の影に隠れていた私をゲルフが見つけると、顔をひきつらせて手に持っていた剣を落とした。
「か、怪力女……ですって?!」
「あ、いや……。すまん……」
街中を歩き回ってお腹の空いてきて私は、ゲルフの顔を見るなり踏み潰された野菜炒めさんのことを思い出すと、身体から赤いオーラがら立ち昇り始めた。
「……あんたが野菜炒めさんを踏み潰した件、私はまだ許してないんだけど?」
「ひっ! あ、いや! 待て! その節はすまねぇ……。今、緊急事態で……。こ、今度、飯奢るから勘弁してくれ!」
「ほんと?!」
ご飯を奢ってくれるなら話は変わってくる。
何にしようかな。えへへ、昼間見た時も結構美味しそうな店が何軒もあった。どれも高そうだったけど。
っと、でもそれはそれ、これはこれ!
「んー。じゃあ、野菜炒めさんにごめんなさいして」
「や、野菜炒めさん! ごめんなさい!」
ゲルフは床に手を付くと、素直に土下座した。
大男が土下座している様は、ちょっと異様でやりすぎちゃったかなと思ったけど、やはり野菜炒めさんを踏んだのは許せない。
「あの……。もしかして、君が噂のルルシアン?」
ギルドの中から、ゲルフを追って来たシトラスと呼ばれていた青年が私に声をかけてきた。シトラスは背が低く、なよっとしてる草食系男子だけど、薄黄色の髪と整った顔立ちは正直私の好みだった。ちょっとタイプかも……。
「そうです。私がルルシアンですけど……」
「ゲルフをぶっ飛ばすくらいだから、どんな豪傑かと思いきや……。こんなに可愛らしいお嬢さんだったなんて……」
「か、可愛らしい?」
そんなこと、生まれてから一度も言われたことない……。私はどう反応したから良いのか迷って、とりあえず目の前で土下座していたゲルフの頭を叩いてしまった。
「やだもう! 恥ずかしっ!」
ゴンッ! 土下座していたゲルフは、さらに地面に頭を突っ込んだまま血を流して動かなくなった。
「ひっ……」
その光景を見て足が震えるシトラス。
と同時に、ギルドの中から悲鳴が聞こえた。
「キャァ!」
「土下座していたゲルフさんに追い打ちを?!」
「酷い……!」
「あ、悪魔だ……」
やば、やりすぎた……。
「ごめんゲルフ。力入れすぎた……」
動かなくなったゲルフにシトラスが駆け寄ると、慌てて回復魔法を施した。暖かい光がゲルフを包み込み、なんとか意識を取り戻した。
「ぅぅむ。俺はいったい……。誰かに後頭部を突然叩かれたような……」
「き、気のせいだよ! あ! そーだ! 何か緊急事態だったんじゃないの?」
ギルドから冒険者達が私を見て、悪魔だ鬼だとヒソヒソ話しているのが聞こえる。
「緊急事態……? あ! そうだ! こんな事をしてる場合じゃねぇ!」
ゲルフはガバッと起き上がると、床に落ちていた剣を背負い直した。
「ルルシアン! 手伝ってくれ! 街の外で荷馬車がモンスターに襲われたんだ!」
「え! モンスター?!」
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