21杯目:満腹堂場

「やるじゃねぇか! この状況下でこれだけの動きをするとは!」


 店主が嬉しそうな声を上げなら、さらに攻撃を早める。

 しかし、集中力を高め感覚の研ぎ澄まされた私に、攻撃は当たらない。


――今ならわかる。


 店主が右手に持ったシェーブルのステーキは、メェメェという鳴き声が特徴のモンスターの肉だ。

 少しだけ独特の臭みがあるけど、安価であり肉質が柔らかいため、私の村でも良く食卓に並んでいた。


 ギルドにいたナイジェルが食べていた野菜炒めも、このシェーブルの肉だった事から、このニールベルトでも定番のメニューとして定着しているっぽい。


 逆に、店主が左手に持っているティグルの肉は高級だ。

 ウルフ系上位として君臨するティグルは、高レベルモンスターに分類され、その俊敏さと牙による高い攻撃力が特徴と聞いた事がある。


 村長の家にティグルの敷物があって、よく舐めに通ったから味は少しわかる。

 そしてティグルの肉は、全体的に繊維が硬いけど、尻尾だけは柔らかいと村長が話していた。きっと店主が持ってるのも、ティグルのテールステーキに違いない。


『……いや、お前ら何やってんだ』


 一瞬ボソッとミストが何か言ってたけど、構ってる暇はない。


 上、下、右と次々に繰り出されるステーキパンチを匂いを頼りに避け、今だ! と私がステーキに襲いかかった時だった。


「オラァ!」


 ツンとする刺激臭と共に、店主の蹴りが飛んできた。

 完全な不意打ち……と思ったかもしれないけど、私には匂いで完全に見えている。


「よっ!」


「なにぃ!」


 私は身を捻って蹴りをかわすと、無防備な店主の左腕を掴んだ。


「いっただきまーーーーーーーす!」


 がぶっ!!!!


 思いっきり齧り付いた瞬間、天国に登ったのかと錯覚するほどの旨味が、パァァアアアと私の口一杯に広がった。


「んんんんん!!」


 歯が当たるだけでプツッと千切れる柔らかな筋繊維。そこから溢れ出す優しい味わいの肉汁と、雄々しい香り。


 たったひとかじり。


 それだけで、舌から喉、食道を通り私の全身の細胞がが歓喜の声を上げた。


「おいっっっ……! しぃいいーーーー!」


 それから後のことは覚えてない。

 気付いたら店主を押し倒して、その両手を足で押さえつけ、シェーブルの肉もティグルの肉も食べ終わっていた。


「はぁ――。おいしかった……。ねぇ、もっとないの?」


「あるわけねぇだろ……。ってか、どけって」


「あ、ごめんごめん」


 踏んでいた店主の上から退くと、店主はエプロンを叩きながら「トーチ」と唱え、店内の蝋燭に明かりをつけた。


「わお、火魔法だ」


 照らされた店内は酷い有様だった。

 床や壁は肉の油でギトギトで、閉め切った店内は煙と肉の匂いで充満している。


「ふぅ。まさか最初の完食者が、こんな小娘とはな……」


 よくわからないことを言いながら、店主はステーキの乗っていたお皿を拾いあげたが、灯りが付いた事で店主の姿が露わになった。


 店主は、料理人には相応しくないボサボサの赤い髪の毛に、キリッとした眉毛、意志の強そうな赤い瞳と、全身傷だらけの上半身に裸エプロンという出立ちだ。あ、ズボンは履いてるよ。


「ついてこい。約束のデザートを出してやるよ」


 約束のデザート? 何も約束してないけど、なんだろ? とりあえず、まだ何か出してくれるってなら、ついていくしかない。わくわくしちゃう。


「あー。ま、いっか」


 私もドレスを払おうと視線を落としたら、クロリアから借りたドレスは油まみれだった。

 弁償だって言われないかな? と不安が過ったが、それよりも約束のデザートとやらへの期待が高く、後のことは考えないことにした。


 私は店主の後を追って、真っ黒なカーテンの向こうに顔を出すと、右にはキッチンで左には小さなテーブルセットがあった。


「そこのテーブルに座ってろ」


 店主はキッチンへ入ると何かを作り始めた。

 えへへ、何が出てくるか楽しみ。


 私はテーブルに着いてわくわくしていると、ミストが話しかけてきた。


『おい、さっさと出るぞ』


「え? なんでよ」


『時間がないと言っただろう。こんなところで油を売ってる暇はない。さっさとギルドに……』


 ありえない。

 あんなにおいしいステーキを焼く人のデザートを食べないで帰るなんて、ありえない。


「もう! 黙ってて!」


『あ、おい! やめ……!』


 私は青灰色のペンダントを首から外すと、テーブルの隅に伏せて置いた。

 私から離れれば、ミストは喋ることは出来ない。ふふん。大人しくしてなさい。


「待たせたな。さぁ食ってくれ」


 戻ってきた店主がコトッとテーブルに置いた皿の上には、青い色のぷるぷるとした物体が置かれていた。すごい毒々しい色してる……。匂いはしない。


「これって、何?」


「あ? 看板見て来たんだろ? これが世にも珍しい青い極楽鳥パラディの卵を使ったプディングだ」


 青い極楽鳥ってなんだろ?

 聞いたことがないモンスターだ。

 それに、プディングって料理も聞いたことがない。

 まぁいいや。出されたんだから、これは私のモノだ。

 ……どんな味か気になる。じゅるり。


 私は一緒に出されたスプーンで毒々しい色のプディングをすくってみると、スプーンの上でぷるぷると震えている。


「えへへ、可愛い……。いただきまーす」


 口に入れた瞬間、プディングは舌の上でとろっと溶けた。その滑らかさといったら今まで食べたことがないほどだ。ほんのり甘い味付けも、肉を食べた後の胃を優しく包んでくれた。


「うへへ、おいしぃ……。はぁ、食べるのが勿体無いなぁ」


 と言いつつ、気付いたら一瞬で無くなった。

 美味しいものはすぐになくなっちゃう。悲しい。


「どうだ?」


「うん。甘くて優しくて、めっちゃくちゃおいしかったよ!」


「そうか。俺も食ったことがないから、どんな味なのか気になってたんだ」


 え? 食べたことがない? 作ったのに?

 っていうか、この店ってなんなんだろ。

 そもその飲食店なのに、いきなり襲いかかってくるとか意味不明だよね?


「ねぇねぇ。ここって何のお店なの?」


 私の疑問に、頬杖をついていた店主がガクッとずっこけた。


「お前、店の前の注意書き……。見てねぇのか?」


「え? 見てない」


「はぁ……。マジかよ」


 何だか知らないけど店主はガックリと項垂れてる。


「……ここは、元々俺の親父がやってた飲食店『満腹堂』だ。でも去年親父が歳で引退してな。俺が代わりにこの店を引き継いだんだ」


「ふーん」


 あんまり興味ない話だったので、私はプディングが乗っていたお皿をぺろぺろと舐めている。


「……俺は元々冒険者でな、冒険者ってのはモンスターと対峙した時、食うか食われるかの戦いだ。文字通り、モンスターと戦って倒せば食うこともある」


 それはそうだよね。

 長旅になったら食料なんてすぐに尽きるし、モンスターを狩って食べるのは冒険者なら常識だ。私の村に立ち寄る冒険者もみんなそうだった。


「だがな! この街の連中は、金さえ払えば飯を食えると思ってやがる! だから、俺は親父から受け継いだこの店を戦わないと食えない店『満腹堂』として再開させたんだ!」


「そ、そうなんだ……」


 うわぁ、この人……。すごいバトル脳だ。

 喰いたきゃ俺を倒せ、みたいなノリだよね?! 全てのお客さんが戦える訳じゃないと思うけど……。


「最初に完食した客には、俺が倒した青い極楽鳥パラディのプディングを振る舞うって特典を用意してたってわけさ」


「なるほどっ」


「ってことで、食ったし金払ってくれや」


「え……」


 そうだった。ここは食堂なんだ。

 お金……。屋敷を出る時に、クロリアに追加でもらった金貨十枚があるけど足りるかな……。


「いくら、かな?」


「金貨二千枚だ」


「に?! 二千?!」


 これまた意味不明な金額をふっかけられてしまった……。これまた借金増えるパターン? もうやだ……。

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