19杯目:ルルシアンの力

「もう日も暮れてるし、今からやれることなんて無いじゃん?」


 お腹いっぱいの私は、宿を出ると日が落ちた街をミストの指示に従って歩いていた。

 食べすぎて眠くなってきた私の訴えは、さっきから却下されている。


「帰って寝ようよー」


『黙って歩け。このくらいの時間が丁度良いのだ』


「どこに向かってるのよー。もー」


 さっきから、来た道とは明らかに違う道を歩かされている。だんだん人通りから離れ、賑やかな喧騒も遠いた。


『ロベリアの館の警備は厳重だ。未来視では、お前が屋敷に侵入していたと言っていたが、俺様ですら屋敷に入る事は出来なかった』


「え? ミストでも屋敷の中まで入れなかったの?」


『ああ、あの屋敷の警備は並じゃない』


 ミストがやられたような屋敷に、私がどうやって忍び込むんだろう? やばい案件を引き受けちゃった気がする……。


『ところでルルシアン。お前、冒険者としての経験は無いよな?』


「え? ないない! ずっと村にいたもん」


『なるほどな……。ああ、そこの道を右に曲がってくれ』


 本当にどこに向かってるんだろう。街の構造なんてよくわかってないけど、さっきから街並みが荒れてきてて、ウェルドと会った貧民街と雰囲気が似てるような。


「ヘイ! おじょーちゃん、どこに行くんだい?」


 ミストの指示に従い、右へ左へと歩いていたら路地裏で突然、野太い男に声をかけられた。


「え? 私が知りたいくらいですけど……」


「よー! 俺達と遊ばないかい?」


 背後からも声が聞こえて振り返ると、新たに二人の男が立っていた。


 挟まれた、そう思った時にはもう手遅れだった。前方には大男、背後には背の高い細い男と、小太りの漢。狭い路地裏での挟み撃ち。


「な、何か用でしょうか」


 男達はニヤニヤと笑いながら、手をわきわきさせている。その瞳は完全に私を女として見ているようだった。また、お腹いっぱいで不運発動したよ! ブレないね!


「うへへへ、ちょっこっちこいや。楽しいことしようや」


「ぐへへへ」


「どへへへ」


 へへへ三兄弟がジリジリと迫ってくる。

 どうしよう。お腹いっぱいで空腹の狂戦士ハングリー・バーサーカーは発動出来ない。ミストはダンマリを決め込んでいる。


「あの私、貴族じゃないんです。この洋服は借り物でして……」


「怖がらなくて大丈夫だよ、うへへ」


 貴族の家の子に見えて声をかけたなら、それは違うよと諭してみたけど、効果はなかった。


「そおーれ!」


 後方にいた背の高い細い男が、私に襲いかかってきた。


 私の肩に迫ってきた男の両手に対して、私は咄嗟にガラ空きのお腹に思いっきりパンチをお見舞い。そのまま肘を上に向けて顎を強打した。


「うげっ」


「こいつ!」


 真横にいた太った男が、その様子を見て私の右腕を掴んだ。私は腕を掴まれたまま、左の壁を蹴って跳躍し太った男の側頭部に膝蹴りを喰らわした。


「ごはっ」


「そ、そっちから襲ってきたんだからね!」


 意識を失って倒れた長身の男と、完全に伸びている太った男を前に私が正当性を訴えていると、背後から大男の拳が私に向かって振り下ろされた。


「うぉらぁああああ!!」


 私は危険を察知して地を蹴ると、大男の股の下へ滑り込み背後へ、そのまま両膝裏を拳打して大男を強制的に座らせると、壁を二度蹴って大男の脳天に踵落としを決めた。


「うがッ! か……」


 ズドーン……。大男は気を失うと、そのままうずくまっていた男達の上えに倒れ込んだ。


「ひぇー。びっくりしたぁ」


『……おい、ルルシアン。その武術はどこで習った』


「え?」


『おかしいとは思っていた。空腹の狂戦士ハングリー・バーサーカーで攻撃力が上がったとはいえ、ただの村娘が奴隷商の男達に勝てるとは思えんからな』


 ミストは私が奴隷商の地下牢で、男達を倒したことについて言及してきた。


「あぁ、今の? あー、村に住んでる元冒険者のおじいちゃんと遊んでたからかな?」


『爺さんだと?』


「えっとね……」


 襲ってきた男達を放置して路地裏を抜けると、私はミストに村で遊んでたおじいちゃんについて説明した。


 うちの村は、男が農業で女は家事って決まっていたけど、私は料理の才能なかった。全くなかった。


 無いものは仕方ないと諦めて、日中ずっと干し草の上で不貞寝していると、村のおじいちゃんに遊び相手をしろと言われて、初めの頃はおじいちゃんから果物を奪う遊びをやっていた。


 おじいちゃんの手に持った果物を奪えば、食べさせてもらえるっていう遊び。当初、私は必死に奪いに行ったけど取れず……。いつしか殴り倒してでも奪うようになった。


 あ、大丈夫。おじいちゃんは攻撃を全部防いでくれるから、たまにしか当たってない。


『なるほど、それで知らず知らずのうちに体術が身についていたのか、その爺さん……。何者だ?』


「ただの酒飲み爺さんだけど……。ちょっとボケてて、よく「わしゃぁ、ドラゴンを倒したことがある」とか言ってたなぁ。あ、派手なピンクの服着てるの、確か名前はアーリュム? だったかな?」


『アーリュム……。まさか、拳聖アーリュムか?!』


「拳聖?」


『その昔、あらゆるモンスターをその拳だけで倒した伝説の冒険者だ。引退を表明して表舞台から消えたと聞いていたが、お前の村にいたとは……』


 そんなに有名なおじいちゃんだったんだ……。どうりで身のこなしが只者じゃないと思ったよ。


「……ところで、ミスト。それを確認するために、私をこんなところに?」


『うむ。真の実力を見るには、訓練でなく本物の戦闘が一番だからな』


「酷いぃ。私これでも女の子なんですけど……」


『……しかし、拳聖アーリュムの体術を体得済みというのは朗報だな。あとは決行日までに、それを武術へと昇華させれば多少は戦えるだろう。後は……』


「あのー。聞いてますかー?」


 ダメだ。ミストは、私のことなんて気にも止めてない。それにしても、そこまでして欲しい《クロノスの心臓》って、なんなんだろ。


「ねぇ、クロノスの心臓ってどんな効果があるの?』


『ん? ああ、定かではないが、死を超越すると言われている代物だ』


「死を超越? あー、それでミストを復活させるのね」


『いや、救いたいのは俺様では無い……』


 じゃぁ誰? と聞きたかったけど、ミストは悲しそうな声を聞くと、それ以上の言及はできなかった。もしかしたら、妹とか兄妹とかの恋人の命を救いたいのかな?


 そんなことを考えていたら、私のお腹の音が闇夜に響いた。

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