18杯目:取引

「うわ! おいしぃー! これも! こっちも!」


 ミントの泊まってる宿に案内された私は、テーブルいっぱいに置かれた料理を頬張っていた。

 どれも美味しけど、特に黒コションの香草焼きは絶品だった。


 コションというのは、ブヒブヒと鳴く小型のモンスターで、主にキノコを食べて生息している。


 その中でも黒コションと呼ばれる希少個体は、肉質が柔らかく脂も乗っていて美味しい。村でもお祝いの時は、宴に出された記憶がある。


『……お前は遠慮というものを知らんのか』


「え? エンリョ? どの料理? それ食べてないかも」


『はぁ……』


「ふふ、私が見たままの食べっぷりですね。頑張って用意した甲斐がありました」


 ミントはクロノスの左目を持ち、未来を見ることができるという話だった。どうやらこの状況も事前に知っていたらしい。


『未来を見る……か。クロノスの左目があれば、未来は思い通りだな』


「いえ、そんなに便利なモノではありませんよ。私に深く関わる事しか見えませんし、あくまで可能性のある未来の一つが見えるに過ぎません」


『……なるほどな』


 なんとも難しい話だけど、無数にある未来の一つだけ見えるなら、もちろん外れる可能性もあるんだね。確かに万能ではなさそう。もぐもぐ。


『……それで、貴様は何者だ?』


 私の胸元のペンダントが偉そうに聞くと、ミントは丁寧に答えた。


「申し遅れました。私の名前は、ミント・ヴェルディグリーン。ただの旅の占い師です」


 立ち上がって丁寧にお辞儀をしたミントの所作は、普段からお辞儀をやってる人の動きだった。私はこんなに綺麗に出来ない。


『……フン。貴様は何故クロノスの力の一部を持ち、ルルシアンに神級遺物アーティファクトを渡したのだ。吐いてもらおうか……。フェクシオン教団』


「え? 教団?」


 教団って確か、神様を信仰する危ない人達だよね? 村の人が壺を買わされたって言ってた気がする。


『ここより少し離れているが、ニールベルト王国やグローザック帝国に並ぶ、共和国ユルティムを実質統治する教団だ』


「おや、バレていましたか。流石ですね、ウィロー皇子」


『ふざけた奴だ。……言え、何が目的だ』


 私の胸元のペンダントが偉そうに言うと、ミントは観念したかのように話し始めた。


「そうですね。順を追って説明しましょうか。その前に……」


 大量に用意されていたご飯を食べ終わった私の前に、ミントは机の下からたくさんの果物をゼリーで固めた巨大なデザートを出してきた。


「わーい! ありがとう!」


「食べながら聞いてください。ルルシアンさん、貴女は神様を信じていますか?」


「もぐ?」


 いきなり宗教っぽい話になってきたね。変な壺を売りつけられないようにしないと……。私はモグモグと食べながら答えた。


「実家が農家だから豊穣の神には祈ったことあるけど……。でも、あんまり信じてないかな? だって、もし神様なんてのがいるなら、相当な暇人だよね」


「ふふ、そうですね。仮に神様がいて、我々人類のお世話をしてくださってるとしたら、相当な暇人ですね」


 うんうん。何が楽しくて人類の世話をしてるんだろうとは思う。何もメリットないのに。


「そんな暇に嫌気を差したのが、時の神クロノスです。クロノスは時間を司る神と言われていますが、ある日クロノスはその役目を放棄しました」


「え、放棄ってそんなことできるの? 神様なのに? 時間の流れはどーなっちゃうんだろ」


「一説によると、自分の好き勝手に時間をいじくり、人々や生物が慌てふためく様を見て、楽しんだそうです」


「わぉ、性格悪いね!」


「ええ、それを知って激怒したのは全知の女神フェクシオン様でした。彼女とクロノスの戦いは熾烈を極めましたが、結局クロノスは身体はバラバラにされ、この地に落とされたと言い伝えられています」


 ふむふむ。それで各地に散らばったクロノスの身体の一部を手に入れたのが、クロノス・ホルダーってわけなんだ。


『……そもそも、フェクシオン教団の人間がクロノスの一部を持つなど、禁忌中の禁忌だろう』


「実は、クロノスの左目を手に入れたのは、最近の事です。教団には知られていません」


『で、貴様の目的はなんだ。早く答えろ』


「詳細については割愛しますが、私はある人物を探しています。クロノスの両目が揃えば、過去現在未来の全てを見通し、探し当てる事が出来ます」


 探し人かー。生き別れの兄弟とか、両親とか、恩師を探してるのかな……? 神話級の力を使わないと見つからない人って、どんな人だろう……。


「ふーん。ちなみに、どうして神級遺物アーティファクトなんて物を私にくれて、ミストを救ってくれたの?」


「……先ほども言いましたが、クロノスの左目は、私に関する未来しか見れません。それで、見えたのです。ある屋敷に忍びみ、私と共に戦ってるルルシアンさんを……」


「え?! 私?」


「はい、その《身喰いのペンダント》をつけていました」


「……身喰いのペンダント?」


 私はミストが閉じ込められてる神級遺物アーティファクトを持ち上げてみた。ミストの身体ごと食べてしまった不思議なペンダント。そんな名前だったんだ。


「それは、私がフェクシオン教団の宝物庫から盗んだ物です。対象者を飲み込み、その時間を停止する効果があります」


『なるほどな……』


 ってなると、やっぱりミストはペンドンとかは外に出たら死んじゃうって事だね。どうやったらペンダントから取り出すのかわからないけど、余計な事はしない方が良さそう。


『その屋敷にクロノスの右目があるのか』


「恐らく」


『ちなみに、それは誰の屋敷だ。俺様はこの街の屋敷ならほとんど入った事があるぞ』


 そうだった。ナイトミストは義賊としてこの街の貴族相手に盗みを働いてるんだった。おまけに帰還スキルで逃げ放題。


「屋敷の主の名は、五大貴族の一人。ロベリアです」


『……ッ』


 ロベリア。その名前を聞いて、ミストから焦燥感が伝わってきた。もしかしてだけど、義賊ナイトミストがやられたのって、その屋敷に入ったから?


「ロベリアは、五大貴族の中でも武力に富んだ貴族です。簡単には行かないでしょう。正直ルルシアンさんと私だけでは力不足が否めません。何か良い策はないでしょうか」


『ロベリアの屋敷の武装は異常と言っても良いが、その中でも一人、次元の違う強さを持つ者がいる……』


 やっぱりミストがやられて奴隷に投げ売りされたのって、その人にやられたから?


「ルルシアンさんの空腹の狂戦士ハングリー・バーサーカーで勝てる相手ですか?」


 あ、そんな事まで知ってるんだ。

 便利だね! 説明要らず!


『無理だろうな。こいつのスキルは、ただパワーが上がるだけだ。そこに技も修練も無い。いなされて終わりだろう』


「なら、ルルシアンさんには戦う術を身につけていただくしかありませんね」


「え? ちょっと待って? 私が戦うの? なんで?!」


「ルルシアンさんが、戦う未来が見えたからです」


 ほ、ほんとうに?!

 そういっておけば決定事項みたいな節はない?!


「あのぉ、私はただの田舎娘なんで、戦うとか無理なんですけど……」


『こいつに関しては俺様がなんとかしてやるが、肝心の報酬について聞いていないぞ?』


 そ、そうだよね?! クロノスの右目とやらを手に入れるのに、私が頑張るならそれ相応の見返りがないと困るよ?! 食べ放題程度じゃ無理だよ?!


「クロノスの両目の力で、ウィロー皇子が探している《クロノスの心臓》の在処を探す、というのではどうでしょうか?」


『……よかろう』


「よかろう、じゃなーい! 私に何にもメリット無い話じゃないのー! そのロベリアって人の館は、ミストが一度手痛くやられたところだよね?!」


『ほぉ、ルルシアンの癖に察しが良いな。では、お前の報酬としてお前に貸している金の返済を無しにしてやろう』


 わぉ、借金帳消し?! な、悩む……。確かに私があれだけの大金を返せる当てもないし……。ちょっと忍び込んでお宝を盗ってくるくらいなら……。


「いやいや! だ、騙されないからね! すごい危険そうな話じゃん!」


『ふむ。ならば朝昼夜の飯代として金貨五枚、毎日合計で十五枚の金貨を出してやろう』


「ほ、本当?! 毎日?! 一生だよ?!」


『ああ、俺様は嘘は付かん』


「やらせて頂きます!」


 やったー!!! これで冒険者しなくてもいいし、働かなくてもいい! だってミストって皇子様らしいし? これは勝ち組では?!


『で、忍び込むのはいつだ』


「クロノスの左目の未来視には癖がありまして、遠い未来は短く、近い未来は長く見れます。私とルルシアンさんが屋敷に潜入するのは、まだもう少し先の未来のようです」


『ならば、近い未来を見たらルルシアンに知らせろ。それまで俺様はこいつを鍛えておこう』


「よろしくお願いします」


「あれ? 結局私がやるの?!」


『自分でやらせて頂きますと言っていたが?」


 いや、確かに言ったような……気がするけども。

 ってヤバッ、話が終わりそうだ。


『行くぞ、ルルシアン。決行の日がいつかわからないのであれば、時間が惜しい』


「ま、待って! 後少し!!」


 私は食べかけだったデザートを、慌てて胃に流し込んだ。

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