17杯目:占い師再び

 私たちが館を出ると街は夕暮れで染まっており、賑やかだった街並みは大人しい雰囲気へと様変わりしていた。


『どうだ、ルルシアン。ニールベルト城を背景に沈むゆく夕暮れは』


「うんうん! あっちこっちから良い匂いがするね!」


『……お前は食い物にしか興味がないのか?』


 胸元のペンダントから、ミストが呆れた声で溜息を吐いた。


「だって、今日食べた物は、ウェルドから買った串肉でしょ? それから、クロリアから貰った骨付き肉五個。お粥にスープだけだよ?」


 全然足りない。お昼はちゃんと食べてないから、夕飯はしっかり食べないと寝れないと思う!


『そこそこ食べてるではないか……。ん? ウェルドというのは誰だ?』


「えーっとね。こっちの道を左に進んだ先に住んでる子供達のリーダーだよ。あ、グレイミストによろしくって言ってたよ」


 私は屋敷を出て左の通路の先を指差すと、ミストは顔見知りだったようだ。そりゃそうだよね。


『あいつらか、俺様が動けないばかりに……』


 ミストはお金持ちから奪ったお金を、子供達に渡していた。その子供達はミストからの供給がなくなって、詐欺まがいの商売に手を出した事を、ミストは心配しているようだ。


『まぁいい。それはおいおい考えるとして……。占い師とやらは、どこにいたんだ?』


「え? う、うーん」


 ……正直わからない。ウェルドの案内で抜け道を通ったし、そもそもギルドから館までも、クロリアの後をついて骨付き肉を齧ってたから覚えてない……。


『とりあえずギルドに向かうか、ギルドへの道は……』


「あ、待って……。くんくん……。あっちだ! あっちからギルドで嗅いだのと同じ料理の匂いがする!」


『どんな鼻をしているんだ、お前は……』


 ナイジェルが食べてた肉と野菜の炒め物は、少しピリ辛の匂いが特徴だったからよく覚えてる。


『日が落ちれば帰ってしまう可能性が高い、急げ』


「うん!」


 私はチカチカと灯り始めた街灯の下を走ると、匂いに従って走った。


「この街灯ってどうやってつけたの?」


『衛兵の詰め所から魔力を送って……っと、あまり喋らない方がいいな』


 ギルドが近くなってきたのか人通りが多くなってきた。


 そういえば、帰りはどうしようと思ったけど、それはミストに聞けばいいよね。便利だね、ペンダントのミスト。略してペンダミスト。


 しばらく走ると、見覚えのある巨大な剣の刺さった建物が見えた。ギルドだ。匂いはあの中に繋がっている。


「えーっと、確かあっちからギルドに来たから……」


 ニールベルトの中央はあちこちから伸びた道が集約されていて、複雑化している。ただ……。


「確かこっちかな。ウェルドとギルドを見た時に剣の向きは横を向いていたから」


 私は自分の記憶を頼りに進むと、占い師ミントと出会った場所の近くまでやってきた。


『どんな風貌だ?』


 こそこそと小声でミストが耳打ちしてきた。


「えっとね、薄緑色のフードを被ってて……」


「お? 食いしん坊、道の真ん中で独り言か?」


 占い師を探している私の目の前に、赤紫色の長い髪を後ろで一括りにしたギルドの受付嬢、ネリネが現れた。


「ネリネ? な、なんでこんなところに……」


「ん? あたしゃギルドで仕事を終えた帰りだよ。飯でも食って帰ろーって思ってな。食いしん坊は?」


「私の名前はルルシアンって言ったじゃないのー」


「あー? 食いしん坊でいいだろ。で、飯か? 一緒に食べるか?」


 悪気のないネリネは、にっこりといい笑顔を向けてくれた。そういえば、お腹かが空いた……。貸しだけど、夕飯代としてクロリアに金貨十枚貰ったんだった。


 ぎゅるるる……。


「腹減ってんじゃねぇかよ。おごらねぇーけど、うめぇ店を知ってるぜ?」


「ほんとー?!」


『ンッ!』


 ミストがネリネに悟られないように、小さく咳払いをして私を静止した。わ、わかってるよ……。


「ん? そのペンダント。妙な魔力を感じるな……」


 やばっ。ネリネがペンダントに興味を持ってしまった。


「ちょっと見せてみろよ。ほぉ……。いいデザインだな……。食いしん坊、これ金貨百枚で譲ってくれないか?」


「え? ひゃ、百枚?!」


 借金も返せる上に、お金持ちの仲間入りだよ! ヒャッホウ! って、わかってるよ。そんなことにしないよ。


「ごめん。それは大切な物だから、売るわけにはいかないの」


「そっか。なら大切にしろよ。じゃあな! また今度食べにいこーぜ! あ、ギルドカードはギルドにあるからな、取りにこいよ」


「うん。ありがと」


 私は手を振ると、ネリネは雑踏の中に消えてしまった。


 本当に受付嬢なのかな? と思うほど、ネリネの性格はさっぱりしている。私は嫌いじゃない。


『おい、あれじゃないのか?』


 言われて建物の影に視線を巡らせると、屋台の隙間に薄緑色のフードを被った占い師を見つけた。


「いた!」


 やっぱりお腹が空くと運が向いてくるみたい! 私は見つけた占い師に駆け寄ると、ドカっと乱暴に席に座った。


「ねぇ! ちょっと聞きたいことがあるんだけど!」


 神級異物アーティファクトらしい青灰色のペンダントのこと。何故それを私に渡したのか。そして、この占い師は何者なのか。

 聞きたいことは山ほどあった。


 しかし、それよりも衝撃的な一言を、占い師ミントは放った。


「ふふ、待っていましたよ。ルルシアンさん。それと……ナイトミストさん。いや、ウィロー・グレイミストさん」


「え、なんでそれを……」


『まさか……。貴様』


「ええ、そうです。お察しの通り、私は時の神クロノスの一部を保持する者クロノス・ホルダーです」


『やはり……。どの部位を持っている』


「ご安心ください。私の保持しているのは《左眼》ですよ。貴方の狙っている《心臓》は持っていません」


 やっばー。私だけ話についていけてないよね、絶対。そもそも、クロノス・ホルダーってなに? なんか壮大な話になってない?


「あの〜。話が見えないんですけど……」


「そうですね。ただ、こんな道端でする話ではないので、私の家に行きましょうか」


『いいだろう。俺様も聞きたいことがある』


 二人の間では話が成立してるから、私の知らない何かがあるんだろうなってのは、わかった。でも……。


 ぎゅるるる……。


「ふふ、ちゃんとご飯も用意してありますよ」


「ほんとー?! 行く行く!」


『食いしん坊め』


 何もかも先読みをしている謎の占い師、彼から聞きたいことはたくさんある。

 店を片付けると、私は占い師ミントと共に雑踏の中へと入っていった。

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