14杯目:急変

 ギルドを出た私は、骨付き肉を食べながらスタスタと足早に歩くクロリアの後を追って、屋敷へと戻ってきた。


 何を急いでるのか、クロリアは玄関ホールを抜けると、乱雑に高そうなドレスを脱ぎ捨て、一瞬でメイド服へと着替えた。


「あのぉ〜。クロリア……。怒ってる?」


 私は五本目の骨付き肉を食べ終えて紙袋にしまうと、小さな声で聞いてみた。


「いえ、別に怒ってはいませんが……」


 クロリアはチラッと上の階へ視線を向けると、すぐに私へ向き直って溜息をついた。


「ルルシアン様。問題は起こさないようにと言いましたが、なぜあのようなことに?」


「えーっと、ナイジェルとゲルフが喧嘩を始めて……。それで、ゲルフがテーブルの上の料理を床にぶち撒けちゃって、それを見たら頭がカーッとなって……」


「なるほど。わかりません」


 はい、すみません。ごもっともです。

 ぐうの音も出ない。

 

「実はルルシアン様が出て行った後、ウィロー様が少しだけ意識を取り戻されたのです」


「あ、そうなんだ! よかったね! 体調はどうなの?」


「良くありません。衰弱した状態で、帰還スキル《ルヴニール》を使用した事と、どうやら何か呪いを受けているようで……」


「……そうなんだ」


 牢屋で食べたあのゴミご飯に、何か良くないモノでも入ってたのかな? 私は呪いとか魔法とかスキルは詳しくないから、わかんないけど。


「そんな状態で、ミストの側を離れても良かったの?」


「良いわけありません。しかし、ウィロー様がルルシアン様は空腹になると暴れるから迎えに行けと申されて……」


 それでか、さっきからクロリアは二階にいるミストのことが気になるのか、チラチラと視線を向けている。


「ミストのところで話そうか。あ、食べ物ってある?」


「はい、ウィロー様の寝室に用意があります」


 クロリアは嬉しそうな顔で、散らばったドレスをかき集めるとパパッと片付けた。それを見ていた私の視線に気付いたのか、クロリアは歩きながら説明してくれた。


「ああ、この服装ですか? そういえば自己紹介がまだでしたね。私はニールベルト王国、五大貴族の一人。クロリア・ヴェルヘルミナと申します」


「五大貴族?」


「はい、この国の陰から支えている貴族の総称です。私は主にポーションの製造で、財を成しました。そんな私がメイドの服装で街に出る訳にはいきません」


 よくわかんないけど、すごい人なんじゃん! そりゃこんなお屋敷に住んでるわけだよね。でも、お手伝いさんとかいないのかな?


「って、熱っ!」


 クロリアと話していると、突然私の左手の紋章が熱く赤く光り出した。


「ルルシアン様。それは契約主の証の証ですか? 奴隷が死にかけているようですが……」


「え……」


 奴隷ってミストのことだよね?!

 死にかけてる?!


「クロリア! ミストが危ない! 部屋どこだっけ?!」


 それだけで何かを悟ったのか、クロリアはヒールを履いてるのに信じられない速度で階段を駆けると、ミストの寝ている部屋へと飛び込んだ。私も急いで後を追う。


「ウィロー様! しっかりしてくださいませ! ウィロー様!」


 部屋に入ると、クロリアが息の荒いミストの身体を抱き抱えていた。


「うぐぁ……!」


 ミストはクロリアを突き飛ばし、身体を掻きむしりながら悶えていた。その様子から尋常じゃない危機感を感じる。


「ウィ、ウィロー様! くっ!」


 突然、クロリアは自分の両手の親指をガブっと噛むと、指から血を滴らせながら、ミストの口に突っ込んだ。


「大いなる魔力よ。我が手に癒しを宿し、生命の泉を沸き起こせ! エリクシル!」


 クロリアが呪文を唱えた瞬間、ミストの身体が輝き出した。これって回復魔法って奴かな?


「ハァハァ……。そんな……」


 驚いたことに、光が戻ってもミストの症状は何一つ変わっていなかった。


「エリクシルが効かないなんて……」


「……うぅ!! ぐぁああ!」


 次の瞬間、ミストの身体中から血が吹き出して、部屋中を赤く染めた。


「ク、クロリア。これやばいんじゃ?!」


 さっきまで呻いていたミストは、身体中から血を吹き出すとピクリとも動かなくなってしまった。


「まさか、反転呪術?! そ、そんな……では、私がウィロー様を殺……。う、嘘よ……。嘘よ、嘘よ……」


 血を吐きのたうち回るミストを見つめながら、クロリアはぶつぶつと何か呟くと、頭を地面に打ちつけ始めてしまった。


「え、ちょ! クロリア?!」


「……ああ、私がウィロー様を殺してしまった。私がウィロー様を殺してしまった。私が……」


 額から血を流すクロリアから聞き取れた言葉は、ミストに対する自責の念だった。もはや意味がわからない。

 私の左手の証も、ミストの命が尽きかけているのか、赤い点滅がさっきより早くなっている。


「ええええ?! どうしよどうしよ?!」


 部屋の中に何か使えるものはないのかな?! テーブルの上には、クロリアが看病に使っていた薬やら食事が置いてあるけど、それならクロリアが真っ先に試しているはず……。


「考えろ、かんがえろ。私に出来ること、私に出来ること……。もう! なんでこんなことになっちゃってるのよー!」


 その時、ふと街中で会ったミントと名乗った占い師の言葉が頭の中をよぎった。


――お腹が空いてた方が良いことが起こりやすい。満腹だと良くないことが起こりやすい程度です――

 

 そうだ。ギルドからここまで、骨付き肉を五本も食べてしまった。お腹はそこそこ満ちている。本当に占い師の言った通りになってしまった。


「まさか本当に、私のお腹が膨れたら良くないことが起こるなんて……。ミスト、ごめん……」


――こちらの豪華なアイテムもお付けしましょう――


 そうだ……。

 なんか貰った……。

 私はミントの言葉を思い出して、懐から薄緑色の小さな麻袋を取り出した。


 もしかしたらこの中に、ミストを救う手立てがあるかもしれない。期待を胸に麻袋を開けると、中から出てきたのは青灰色のペンダントだった。

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