13杯目:食べ物を粗末にするな
私の背後にいるヒゲモジャの大男は、ボサボサの橙色の髪を掻き上げながら荒々しく鼻息を飛ばした。
「おい、ナイジェル。テメェ、どの面下げてギルドに来やがった。あー?!」
訳のわからないことを言いながら、ヒゲ男はずいっと身体を乗り出すと、私の前に座っている黒髪の青年に詰め寄った。
私に言われたのかと思ったけど、違ったみたいでよかったー。
「ゲルフ、なんの話だ?」
「忘れたとは言わせねぇぞ! 俺の舎弟のカルミアとアーウィンがブラックハウンドの群と戦ってる時に、獲物を横取りしたそうだな? な、そうだろう? アーウィン」
呼ばれて、ゲルフの後ろから青い髪の青年がひょっこり顔を出した。子分感がすごい。
「そ、そうです! おいらとカルミアが戦ってたら、こいつが横槍を!」
「ああ、あれか……」
顎に手を当てて思案すると、ナイジェルは思い当たる節があったようで横槍の事実を認めた。
「テメェが横槍をいれたせいで、不意打ちを喰らったカルミアはいまだに意識不明だ。この落とし前どうつけるつもりだ? ああ?!」
話だけ聞くとナイジェルの方が悪そうだけど、どうみてもヒゲ男の方が強そう。っていうか、私を挟んでやり取りしないで欲しい……。
「フ、なんのことかわからんな」
ヒゲ男に詰め寄られたナイジェルは、長い前髪の隙間からアーウィンを睨みつけると、もう終わった話だとばかりに食事を続けた。
ぎゅるるるる……。
いいなぁ。一口だけでもくれないかな。
ドン! ヒゲ男がその太い腕で机を力強く叩くと、食事を乗せた皿が飛び上がった。
「表へ出ろ。その澄ましたツラ、ボコしてやるよ」
「やめとけよ、ゲルフ。不細工な顔がさらに不細工になるだけだぜ」
まさに一触即発。座ってるナイジェルの方がやや不利だからか、ナイジェルは食べるのをやめて腰の剣に手を置いた。
ぎゅるるる……。
あぁ、二人に挟まれてる緊張感で、空腹が本当にもうやばい。少しだけ摘み食いしちゃおうかな……。
私がこっそりナイジェルの料理に手を伸ばした時だった。
「オラァ!」
先に攻撃を仕掛けたのはゲルフだった。
ガシャーン!
ゲルフはその太い腕を横に薙ぎ払うと、テーブルに置かれた料理が激しい音を立てて皿と共に床に落ちた。
「ぁ……」
ああ、あああ、あああああ??!!
あんなに美味しそうな料理を……!
このヒゲ男……! な、なんてことを!
「ちょっと!」
私が赤いオーラを漏らしながらゲルフを怒鳴りつけると同時に、席から飛び上がったナイジェルは空中で剣を抜くとゲルフに斬りかかった。
それをゲルフが素早い動作でバックステップで回避。
「ほお、デカいだけじゃないみたいだな」
ナイジェルが剣を上段を掲げた独特の構えで、ステップを踏みながらタイミングをうかがっている。
「行くぞ! ゲルフ! これならどう、ダハッ!」
「食べ物を踏むんじゃないよ!」
「え……」
「なんだいまの……」
「あのナイジェルが一撃……?」
あれだけうるさかったギルド内がシーンと静まり返る。
「お、おい、チビす……ゴハッ!」
思わず私に手を伸ばしたゲルフだったが、そのゲルフもぶっ飛ばした。ナイジェルより重いゲルフは、ギルドの受付カウンターにぶつかると、受付嬢の二人を巻き込んで倒れた。
「あんたもだよ! こんなに美味しそうな料理を床にぶちまけるとか、どんな神経してんの!」
「ゲ、ゲルフさんを、よくもぉおおー!」
青い髪の子分、アーウィンが私に殴りかかってきたので迎撃しようと拳を構えたら、音もなく背後から現れた何者かが、私の口に何かを突っ込んだ。
「もご?!」
その瞬間、口の中いっぱいに広がる芳醇な香り、歯を当てるとぷつっと千切れる肉の繊維……。そこから染み出す肉汁と旨み……。
「……お、おいひい。もごもご」
「ふぅ、帰りが遅いと思ったら……。ミスト様の言った通りでしたか」
「もご?」
私は口に突っ込まれた骨付き肉を食べながら振り返ると、そこには赤地に黒いラインがオシャレなドレス姿のクロリアが立っていた。
「もごリア……?」
「おい、あれって噂の大貴族クロリア様?!」
「ほとんど姿を見せないというが、なんとも美しい……」
「ギルドに多額の献金をしているという噂もあるらしい」
クロリアの登場にみんながざわついた。
どうやらギルドにとってはお得意様らしい。
それがこの国でのミストやクロリアの顔なのかな。
「はぁ、ルルシアン様。何をしてるんですか」
「もごもご。えっと、身分証の発行を待ってたら喧嘩が始まって、料理をバーンってされて、わたしもボカーンってなって」
「意味がわかりません」
クロリアが再びため息をつくと、丁度受付の奥の部屋からネリネが姿を現した。
「あ?! な、なんだこりゃ! ゲルフ? 誰にやられたんだ? てか、なんか壁に穴開いてんだけど……」
事情を知らないネリネが赤紫の髪を揺らしながら困惑してると、クロリアがネリネに近寄って何やら耳打ちをした。ネリネが嫌そうな顔で私をチラ見すると、何かクロリアに手渡した。
「ルルシアン様、帰りましょう」
「もごもご? え……。これ、そのままでいいの?」
壁に突き刺さってるナイジェル。受付嬢二人を押し潰して倒れているゲルフ。腰を抜かして尻餅をついてるアーウィン。ギルドは相当なカオスに見舞われていた。
「構いません。後のことはネリネに任せましたので」
そう言ってギルドを出るクロリアと共に、私は無数の視線を浴びながらギルドを後にした。
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