11杯目:占い師

「ねぇ、さっきの串肉ってなんの肉?」


「ん? ああ、あれか……」


 私はウェルドの後をついて狭い建物の間を抜け、人様の家の庭を超えて塀の上を歩いていた。


「あの肉はな……。下水で捕まえたルスソルラットだ。美味かっただろ?」


「やっぱりネズミかー。なんか食べたことある食感だったんだよねぇ」


「おい……。普通は、きゃー! とか、うぇー! とか言うだろ」


「え? いや、うちもたまに食卓に並んでたから別に……」


「マジかよ……。最近は貴族の間でも貧困化が深刻って聞いたが、本当だったのか……」


 なんかとんでもない勘違いをしてる? ニールベルトの富裕層は、みんながみんなネズミを食べるわけじゃないよ?

 私はただの村娘なんだけど……。まぁいいか。訂正するのもめんどくさいし。


「ねぇ、ウェルド達っていうか、あの子達は親はいないの?」


 あんな小さいうちから詐欺まがいなことをするなんて、よっぽどなのかな……。と、勝手に心配になった。


「俺の親は元々富裕層だったが、資金繰りに失敗して父親は自殺。母親は家族を捨てて、どっかの貴族様の第三婦人になって一家離散さ」


「……悲惨だね」


「まぁな。俺たちの中には、奴隷商に売られそうになって逃げてきた子供もいる。めちゃくちゃだよこの国は」


 そう言ったウェルドの横顔は、少し悲しそうだった。


「よし、ここまでくればいいだろう」


 塀を飛び降りると、もう目と鼻の先に巨大な剣が刺さった建物が見えた。


「おー、すごい。ついたー」


「ルルシアン。お前は他の貴族とは違うみたいだな。だが、悪りぃが金は返せねぇ。俺たちにも生活があるからな」


「いいよ。私も泡銭みたいなもんだし。でも、あんまり詐欺まがいなことはしない方がいいと思うよ?」


 私が指摘すると、ウェルドは頭を掻きながら罰の悪そうな顔をした。


「いつもやってねぇよ。……今週はナイトミスト様が来なかったからよ……」


 ナイトミスト様? それって……。


「盗賊の?」


「盗賊じゃねぇよ。ナイトミスト様は富裕層から盗んだ金を俺たちにくれるんだよ。義賊って奴だ」


「へぇー。良い盗賊だったんだ」


「まぁな。ナイトミスト様がいなきゃ、俺たちはとっくに餓死してるし、俺たちに貧民層にとってはまさに救世主的な存在なんだ」


「でもミストって、目つきの悪いし、横暴じゃん?」


「え? ルルシアン……。お前、まさかナイトミスト様の知り合いなのか?」


「あー。知り合いというか、なんというか……」


 立場的に、今は私がミストのご主人様なんだけど。って、そんなこと言っても信じてもらえないよね。私もよくわかってないし。


「あ、いや、言わなくて良い。彼の事は詮索したくない。ただ、一つだけ聞かせてくれ。彼は生きてるんだな?」


「へ? ああ、それなら平気。生きてるよ」


「そうか……。とある貴族の屋敷へ潜入して捕まった、なんて噂もあったからな。心配していたんだ」


 あー。それで奴隷商に売り飛ばされたのかな? でも奴隷として売るより、今まで取ったお金を奪い取るとか、もっと良い方法がありそうだけど……。


 私が答えのない疑問で自問自答していると、いつの間にかウェルドはまた塀の上に登っていた。


「ルルシアン。また今度困ったことが言ってくれ。ま、金は貰うけどな」


「うん。ありがと。またね」


 ウェルドと別れると、私はギルドに向かって歩き出した。残金は金貨四十枚。これだけあれば身分証の発行とやらはきっと足りるでしょう。問題はお昼だよ……。


 ぎゅるるる……。


「はぁ、お腹空いた……。最悪、屋敷に戻ってお昼出してもらおう……」


「おや、それを歩くお嬢さん」


 街行く人を避けながら、ギルドに向かってまっすぐ歩いていると、占い師っぽい薄緑のローブを被った若い声の男性に声をかけられた。


 机の上の水晶を乗せているところを見ると、本当に占い師らしい。


「はい? 私?」


「ええ、良くない相が出ています」


 あー、また変なのに捕まっちゃったよ……。

 もう無視しよう……。お腹空いたし……。


「先を急いでますので、それではー」


「お待ちなさい。貴方には満腹危険の相が出ています」


「ま、満腹危険?!」


 私は思わず占い師の男性の元に駆け寄ってしまった。

 そのはずみでガタッと机が揺れると、水晶がポロリ……。


「あ!」


「おっと」


 机からこぼれ落ちた水晶を占い師がキャッチすると、フードが取れて素顔が見えた。


 目元を隠すほど伸ばした薄緑色の前髪に、その奥に光濃い緑の瞳。肌は白く、薄い唇は男性というより女性っぽさを感じさせた。


「ご、ごめんなさい」


「大丈夫ですよ。私の方こそ、突然話しかけてしまい申し訳ありません」


 さっきまで一緒にいたウェルドは、私と同じくらいの歳で喋り方もぶっきらぼうだったけど、占い師さんはおっとりとして物腰だったから、つい敬語になっちゃう。


「あの、それで満腹危険の相というのは……?」


「その名の通り、満腹になると危険度が増すという相が顔に出ていました」


「そんなピンポイントな相があるんですか?!」


「ええ、例えば死相にはいろいろあるのですが、その中に餓死の相というのがあります。貴女はそれの真逆の顔相をしていたので気になりまして……」


 ま、満腹になったら危険度が増す?! どんな相?! 私は一生満腹になれないの?!


 私が悲壮感で口をぱくぱくさせていると、何かを察した占い師は話を続けた。


「ご心配なく、お腹が空いてた方が良いことが起こりやすい。満腹だと良くないことが起こりやすい程度です。そこまで悲観的に考えなくても良いとは思います」


 確かにさっきは肉串を食べた直後に、ボッタクリにあったし?! でも、屋敷でクロリアにご飯もらった時は何も起きなかったけどなぁ。


「満腹になると運気が下がる……かぁ、ありがとうございます。気を付けますね。じゃ」


「あ、ちょっと。占い料金は、金貨一枚です」


「いやいやいや、おかしいでしょー! 勝手に占っておいて!」


「え? 情報を貰っておいて、お金は払わない気でしょうか?」


 くぅー! ちょっと爽やかイケメンだからってー!

 この街にはお金にがめつい人しかいないわけ?!


「わかったわよ。でも、それだけの情報で金貨一枚なんて、割に合わないわ」


「ほぉ、なるほど。そうですねぇ……。でしたらこれも何かの巡り合わせ。こちらの豪華なアイテムもお付けしましょう」


 占い師の男は、懐から薄緑色の小さな麻袋を取り出してきた。


「中身は?」


「それは秘密です」


 占い師はそっと自身の唇に指を当てた。


 ここで押し問答してても、私のお腹が空くだけだし、金貨一枚なら影響ないかな? だんだん金券感覚がおかしくなってくるなぁ。


「はぁ、わかったわよ。それで手を打ちましょう」


「交渉成立ですね」


 私は金貨一枚を嫌いな顔で手渡すと、代わりに薄緑色の小さな麻袋を占い師から受け取った。


「ご利用ありがとうございました。私の名前はミント。ミント・ヴェルディグリーンです。以後よろしくお願いします」


「ご丁寧にどうも。私は名前はルルシアンです。でも、もう二度と来ないと思います。さよならー」


「いいえ、ルルシアンさん。貴女はまた来ますよ。……きっと」


 最後に占い師っぽいセリフを吐いたミントを無視して、私は足早にギルドへと向かった。

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