10杯目:串肉と青年
ぎゅるるるる……。
「あぁ、寄り道してる場合じゃなかった。早くギルドに行かないと……」
「お嬢ちゃん、ギルドに行くのかい? ならば、あの巨大な剣が見えるかね? あれを目指しなさい」
おじいさんの指差す方向を見ると、建物の隙間から確かに巨大な剣の持ち手が見えた。
「あれがギルドなんだ、わかりやすいね。おじいさんありがと! またねー!」
私はおじいさんに手を振って別れると、巨大な剣を目指して歩きはじめた。
しかし、進むべき方向は見えているのに、道が入り組んでいて思うように進めなかった。
「うーん、やっぱり一度戻った方が良かったかな」
進めば進むほど、街の雰囲気も段々とボロ屋が多くなり、道も汚く街行く人の服装も貧相になってきた。
「あ……。もしかして、ここって貧民街……?」
その時だった。
ふわっ……。
私の鼻腔を、おいしそうな匂いを駆け巡った。
「食べ物の匂い!!」
私は考えるよりも早く、脱兎の如く走り出した。
もはやギルドの目印だった巨大な剣の方角なんて忘れた。ただひたすら、匂いのする方に向かって走った。走った。
ぎゅるるるる……。
「みっけ!」
匂いにつられて辿り着いた先では、金髪で日焼けした小麦色の肌の青年が、肉を串に刺して焼いていた。
パッと見た感じ、私と同じくらいの年齢かな。上半身裸だけど……。
石畳の舗装路を削って凹みを作り、そこに炭を入れることで串肉を焼いている。ざっと見た限りでも五十本近くの串肉が焼かれていた。
青年は小脇に抱えた壺から串肉にタレを垂らすと、辺りには香ばしい匂いが充満した。
「うぅ……。おいしそうな匂い……」
「お、いらっしゃい! って、こんなところに貴族様?」
小麦肌の青年は、私を見るなり少し驚いていたけど、何を思ったのか顎に手を当てた。
貴族様? 私のことかな?
まぁ、この服装なら間違われても仕方ないか。
めちゃゴージャスだし……。
「あの、よかったら一本でもいいので、買っていってください。お願いします」
身分証を作ってからお昼って話だったけど、串焼きの一本くらいなら良いよね? そんなに高くないだろうし。
「ほら、熱いうちに」
青年から差し出され串焼きを目の前に、私の理性は断ることが出来ず……。気付いたら口の中にお肉が入っていた。
「おいひぃー!」
ちょっとコリッとして癖があるけど、肉は柔らかくてピリ辛のタレもおいしいし、どこか懐かしい。お肉が四個もついてるのがお得感あって良しっ。
「そりゃよかった!」
青年は子供みたいに嬉しそうに笑顔を見せると、その隣に六歳くらいの黒髪の女の子が座っているのに気が付いた。
「お兄ちゃん……。私、お腹すいたよ……」
「ダメだって、これは売り物だから……。これ全部売ったら、なんか買ってやるから」
そんな兄妹のやり取りを聞いていたら、私の涙腺は崩壊していた。
「ぐす、可哀想に……。食べたい物が食べれない気持ち。痛いほどわかるよ……。よし! 私の奢りだよ! 食べていいよ!」
「え? いいんですか? いや、悪いですよ……」
ジュウジュウと串焼きを追加で焼いていた青年は、申し訳なさそうに私と妹を交互に見やった。
「お腹が空いた時の苦しみは、痛いほどわかるから……。遠慮しないで!」
私はドンと無い胸を叩くと、お腹を抱えていた女の子の表情がパァと明るくなった。
「ありがとうございます! おい、お前もお礼をしろ。貴族様が奢ってくれるってよ!」
「お姉ちゃん……。ありがとう」
「いいって、いいって! 困った時は……」
「おい、みんな! 奢りだってよ! こいよ!」
「え?」
青年が合図をすると、建物の影から二十人近い子供たちがワラワラと飛び出してきた。
「えっ? えっ!」
「わー! お腹空いたー!」
「今日はカモが掛かるの遅かったねー!」
「オラオラ食え食えー! 貴族様のおごりだー!」
「ちょ、ちょっとー! どういうこと?! こんな大人数に奢るなんて言ってないからね?!」
「あーん? なんだぁ? 払わねぇっていうなら、騎士団に突き出してもいいんだぜ?」
青年がさっきまでの屈託のない笑顔から、意地悪そうな顔に変貌すると私を脅して来た。
「う……」
騎士団はまずい。昔うちの村にも来たことがあるけど、悪い奴を捕まえたりする組織だ。
仮に私が悪くないって話になっても、私って今は犯罪者らしいし、身分もあやふやだから一発でお縄だよ……。
「わ、わかったわよ……。払えばいいんでしょ! いくらよ!」
「毎度あり! そうだな……。串肉五十本で、金貨十枚だな! にしし」
「にしし、じゃないわよ! ぼったくりじゃない!」
金貨十枚って、お父さんの月収が銀貨五枚だから二十倍?!
ぶん殴ってやろうかと男の子に近寄ると、さっきの妹っぽい女の子が私のところにやって来た。
「お姉ちゃん。ありがとう。私、すっごくお腹が空いてたんだ。ご馳走様」
「う……」
私は辺りを見回すと、ボロボロの服を着てろくにお風呂も入ってないような子供たちは、一心不乱に串肉に齧り付いている。中には足りなくて、串を舐めてる子もいる。
騙されて憤慨してたけど、美味しそうに食べる子供たちを見ていたら、まるで幼い日の私を思い出してしまった。
「はぁ、わかったわよ……。払えばいいんでしょ」
私は軽くため息を吐くと、クロリアから預かった袋から金貨を十枚を取り出し、男の子に手渡した。
「毎度あり! そんな嫌そうな顔すんなって、これも勉強代だと思って諦めることだな」
ああもう! 私のバカバカ! 寄り道なんてするから……。身分証を作るためのお金足りるかな……。私のお昼代も……。
「もういいわよ……。あ、そうだ。高いお金払ったんだから教えなさいよ。ギルドってどこからいけばいいの」
「ん? 貴族様はギルドに行きたいのか? なら俺らの秘密の抜け道を使ってもいいぜ」
「貴族様って言い方やめてよ。私にはルルシアンって名前があるんだから」
「そうか、ルルシアン様。俺はウェルド。こっちに来な。案内してやるよ」
不機嫌な私は、上機嫌なウェルドに連れられて路地裏の道なき道を進んだ。
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