8杯目:歴史の勉強
クロリアさんがミストの側を離れたくないと言うので、私はデザートを食べながら説明を聞くことになった。
用意してもらったデザートは、世にも珍しいレモンスライムのゼリー。レモンのみを与えて育てた養殖スライムに、砂糖を混ぜて甘くし固めた物らしい。
冷んやりとしたレモンの爽やかさと、程よい弾力は噛み心地が良く、とてもおいしい。
「それでは、ルルシアン様。私たちについてご説明致しますね」
「はむはむ、もぐもぐ。はーい」
「……その前に、ニールベルト王国とグローザック帝国の歴史について、どこまでご存知ですか?」
「ん? ぜんぜん」
「……わかりました。簡単にご説明致します」
クロリアは紙とペンを取り出すと、地図を書き始めた。大陸を書いてその中心にニールベルトと記した。
それくらいは私もわかる。うちの村もニールベルト王国の中にあるからね。納税もニールベルトにしている。
「遥か昔から、この大陸はニールベルト王国が担ってきました。それに不満を持った一部の貴族や農民が集まって建国したのが、グローザック帝国になります」
「ざっくりだね!」
「では、もう少し詳しく説明いたしますね」
クロリアの説明によると、ニールベルト王国は勝手に建国したグローザック帝国に対して攻撃をしかけようとした。
しかし、それに対してグローザック王の出した声明は意外なものだった。
「ニールベルトの貧困層を引き受けよう」
この提案に対し、ニールベルトの王は快諾した。
実はニールベルトの国内では、富裕層と貧困層の差が激しく、貧困層による富裕層への犯罪が多かったからだ。
グローザック王の提案を受けると、ニールベルトら富裕層の支持を得られ、逆に国のガンである貧困層がいなくなる。それはニールベルトという国にとってはメリットしかなかった。
こうして富裕層の多くなったニールベルトと、貧困層の抱える事になったグローザック帝国は、長い間争うことはなかった。
「――って、そんな歴史があったんだ。知らなかったぁ」
「ニールベルト王都小学部の入試テストで出る内容です……」
「あはは。私の村は田舎だからあんまり気にしてないんだよねぇ」
私の村には、ニールベルト騎士団の方が定期的に見回りに来てたし、治安は良い方だと思う。グローザックは治安が悪いって話はお父さんから聞いた事あるけど、あんまり気にしなかった。
「それで、ミストって何者なの? ただの盗賊ってわけじゃないよね? こんな豪華な家に堂々と住んでる盗賊がいるわけないし……」
「実はウィロー・グレイミストというのは、世を偲ぶ仮の名でして……。本名は、ウィリー・グローザック。ウィロー様は、グローザック帝国の皇子です」
「えぇぇぇ?! ミストが皇子? 皇子が盗賊してるの? ひぇー!」
そっかぁ。
きっと貧しい家庭だったのかな。グローザック帝国がどんな場所か知らないけど、私の村より酷かったのかな。
だって、私の分のゴミおにぎりまで食べるほどだもんね。
だから身長が低いのかな?
だから自分のことを、俺様とか言っちゃってたのかな。
「……ルルシアン様。何か今、ウィロー様に対して失礼なことを考えておりましたか?」
殺意を孕んだクロリアが、テーブルの上のスプーンを握ると、メキョっと曲がった。
「ひっ! か、考えてないよ!」
私がブンブン首を振ってもクロリアは、じーっと睨んでくる。次第に手の中のスプーンがゴリゴリと音を立てて、丸まって転がり落ちた。
「そして、私はウィロー様に仕えるメイドとして、この秘密の屋敷の管理を任されております」
すごい握力……。クロリアを怒らせちゃダメだ。美味しいご飯も食べられなくなっちゃう。
「って、あれ? それなら……ミストはなんで奴隷商に捕まってたんだろう?」
「それはウィロー様に聞いてみないと、私には分かりかねます。私の役割は、たまにお泊まりになられるウィロー様のために、この屋敷を常に稼働させておくことですので」
ふーん。ならミストが起きたら聞いてみようかな。盗賊をやってる理由や、奴隷として捕まってしまった経緯などなど。
ゴーン、ゴーン
クロリアの話が終わった時、丁度昼を告げる鐘の音が聞こえてきた。この鐘の音は村にもあるので馴染み深い。それだけに……。
ぎゅるる……。
「あはは。お腹空いちゃった」
「ルルシアン様、先ほど食べましたよね……」
「私って難しい事を考えると、すーぐにお腹が空いちゃうんだよね」
「そうですか。では、身分証の作成ついでに、お昼は外で食べてみては如何でしょうか?」
あー。確かにミストが、身分証がどーたらって言ってたね。身分証は確かにあった方が良いかも。
ただ、身分証がなんなのかわからない。身分を保証するものだろうけど。そんな事も知らないの? とまたクロリアに呆れられそうで聞くに聞けない……。
まぁクロリアが付いてきてくれるなら、私は立ってるだけでいいよね。
「よ、よーし! じゃあ、行こー! なに食べようかなー」
るんるん気分で部屋を出ようとしたら、クロリアが椅子の上から動いてない事に気が付いた。
「あれ? いかないの?」
「ルルシアン様。私はウィロー様のお世話があります。申し訳ありませんが、お一人で行っていただいてもよろしいでしょうか?」
「あー、うん。それはいいけど、お金……。持ってなくて……」
「こちらをお使いください」
クロリアがタンスの中から出した袋をテーブルに置くと、ジャラジャラと大量の硬貨が入っている音が聞こえた。
「こ、こんなに良いの?」
「はい。その代わり最初に身分証を作ってください。この屋敷を出て、直進すると道具屋がありますので、そこを左へ。道なりに進むと広場の近くにギルドがあります」
「ふむふむ」
一応さっき食べたし、お腹の空き具合的にはまだ余裕はある。身分証とやらを作ってからお昼でも、まぁいいか。
「先に身分証ね」
「ギルドの受付に、高身長で赤紫色の髪をした、ネリネという女性がいますので「クロリアに言われて身分証を作りにきた」と言ってください」
「わかった!」
「身分証を作った残りのお金でお昼を食べて、ここに戻ってきてください。くれぐれも問題は起こさないように」
ああー。そんなフラグみたいなこと言わないで……。私っていつも何かやらかしちゃうんだよねぇ。なんでだろう。
でも今回はギルドに行って、身分証作ってご飯食べて帰ってくるだけだから、大丈夫。
「それじゃ、行ってきまーす」
「あ、お待ちください。その格好で街へ出てはいけません」
「確かに……」
よく考えたら私の洋服はボロボロで泥だらけ、何日もお風呂に入ってないから、すごい臭いを放っている。
「一階に降りると右奥に風呂がありますので、身体を洗ってから行ってください。替えの洋服は用意しておきます」
「えぇー……。うーん。わかったよぉ」
ぎゅるるる……。
さっきよりお腹空いてきた。早くお風呂に入って着替えて出ないと、どんどんお昼が遅くなっちゃう……。
「一階の右奥ね! 入ってきます!」
私はクロリアから硬貨の入った袋を受け取ると、ミストの様子を少し見て部屋を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます