7杯目:メイドさん

「ルルシアン様。ウィロー様を救って頂き、ありがとうございます」


「もぐもぐ! え? あぁ、いいのいいの。もぐもぐ。私も助けてもらったし、こんなに美味しいご飯まで。あ、スープおかわりください」


 私はメイドのクロリアさんにご飯を用意してもらうと、遠慮なくガツガツ食べていた。


 テーブルの上に並べられたクロリアさんの手料理は、どれも逸品ばかりだった。

 

 まずこのドンッ!と置かれてる肉料理は、凶暴な豚で有名なサーベルピッグの厚切りステーキ。

 硬いと言われるサーベルピッグの肉を長時間熟成する事で、信じられないほど柔らかくなり、噛めば噛むほど旨味が溢れでる。


 サラダも一風変わっていて、シビレタスという葉っぱにミニマムリンピという赤い果実を加え、ニンニクドリのハムを散らしたサラダは、酸味が効いていておいしい。


 中でもこのスープは、私の一番のお気に入り。

 サーベルピックの尻尾肉を煮込んだシンプルなスープだけど、濃厚なのにあっさりとした口当たりで、至高の一品だ。


「はぁ、おいしぃ……。毎日こんなに美味しいものを食べてるなんていいなぁ」


「それでは、そろそろご説明しますね」


 クロリアさんからスープのおかわりを受け取る私たちの隣では、顔色の良いミストがスースーと寝息を立てていた。


 ここに至るまで、なかなかの修羅場だった。


――「ちょっとー! メイドさーん!」


 部屋を飛び出してしまったメイドさんを呼び戻すために私は部屋を飛び出すと、思ったより長い廊下が左右に広がっていた。


「あのー! ミストが死にそうなのー! あ、名前なんだっけ? えーっと、ウェロー?さんが、死にそうなのー!」


 私が叫んでしらばくするとドドドド!と激しい地響きと共に、先ほどのメイドさんが黒髪を揺らしながら救急セットを担いで走ってきた。


「どいてくださいませ!! ウィロー様!」


 メイドさんは私を突き飛ばすと部屋に押し入り、ベットで横たわるミストの診察を始めた。


「呼吸も脈も弱い、口からは刺激臭……。これは酷い食中毒ですね。それに感染症を引き起こしてる可能性があります。右腕も完全に折れてますわね。あの、どなたか存じませんが、お手伝いをお願いできますか?」


「え? 私?」


 メイドさんの判断は早かった。一人では手に負えないとわかるやいなや、誰だかわからない私にも手伝いを求めた。


「ま、任せて! それで、何すればいいの?」


「時間との勝負です。廊下を出て左に開くと給湯室がありますので、鍋にありったけのお湯を沸かしてください。その間に私は骨折の処置をします」


「わかった!」


 私は部屋を出て給湯室を見つけると、大慌てでお湯を沸かして部屋に戻った。部屋ではメイドさんがミストに、何やら注射をグサグサ刺していた。


「出来たよー。って、なんかすごいね。助かりそう?」


「助けます。あの、すみませんが次はタンスの中の白いタオルを、お湯で濡らして絞ってください」


「は、はい!」


 メイドさんの気迫に負けて、あれこれ手伝うこと数時間。朝焼けが見えていた窓の外は、いつの間にか日が登りきっていた。


「……ひとまず峠は越したと思います」


 ベットに倒れているミストの顔色は、だいぶ良くなった。メイドさんが色々注射をブッ刺して、ガンガン薬を飲ませたのが効いたみたい。


 それよりも……。


「はぁ……。もうダメ。限界、お腹空いた……」


 ばたりと今度は私は床に倒れた。いまなら床だって美味しそうに見える。木の味っておいしいよね。ペロペロしちゃおうかな。


「ありがとうございます。貴女のご助力がなければ、ウィロー様の命も危なかったと思います。あの……失礼ですけど、お名前とウィロー様とのご関係は……?」


「うへぇ? あ、私? 寝転がったままでごめんね。ルルシアンって言います。ミストとは一緒に奴隷として捕まっちゃってね。逃げてきたんだ」


「奴隷……ですか?」


「うん、そうだよ」


 私の言葉を聞いて、クロリアさんは何やら考え込んでしまった。


 ぎゅるるるる〜


 ダメだぁ。骨付き肉もどっかいっちゃったし、飲まず食わずで手伝ってたから、もうお腹が空いて動けない。


「あの、悪いんですけど……。あ、お名前なんでしたっけ?」


 メイドさんは立ち上がると、スカートを広げて丁寧に挨拶をした。申し訳ないけど、私は床ぺろから動けない。


「申し遅れました。私はウィロー様にお仕えしている、メイドのクロリアと申します。私に出来る事でしたら、何なりとお申し付けくださいませ」


「えっと……。悪いんだけど、ご飯お願いできる? お腹空いちゃって」


「かしこまりました。すぐにご用意いたします」


 それだけ言い残すと、クロリアさんは目にも止まらぬ速さで部屋を出て行ってしまった。


 ダメだぁ。お腹と背中かがくっつきそう……。このままだと無駄に空腹の狂戦士ハングリー・バーサーカーが発動しちゃう……。


「ルルシアン様。お待たせしました」


 物凄い速さで戻ってきたレシアさんの両手には、ホカホカと湯気を出す料理がこれでもかと盛られていた。



――そして冒頭に戻る。


「ルルシアン様、ウィロー様が奴隷として捕まったとの事ですが、詳細を教えて頂けますでしょうか?」


「もぐもぐ、私もミス……ウィローさんが、どうして捕まったのかは知らないよ? 馬車の中で会っただけだから、って、あーー! アザレアのこと忘れてた……。ど、どうしよう」


 正直、空腹の狂戦士ハングリー・バーサーカー発動前後は、全然余裕無かったし。効果切れた後は、ミストが具合悪くてそれどころじゃなかったし、気付いたらここに転移してたし……。


「アザレア様とは、どなたでしょうか?」


「ええーっと、なんて言ったらいいかな? 一緒に捕まってた奴隷の女の人なんですけど、慌ただしく逃げてきたから、置いてきちゃった……。大丈夫かな」


「……アザレアなら、どこにもいなかったぞ」


 いつの間にか、ベットの上で寝ていたはずのミストが目を覚ましていた。


「ゴボッ」


「ウィロー様! お身体のお加減は?!」


 クロリアが声を荒らげてミストに駆け寄った。クロリアに手伝ってもらって身体を起こしたミストは、左右の指を交互に動かすと、ふぅとため息を吐いた。


「しばらくは動けんな。で、田舎娘。なんでお前は俺様の家で飯を食ってるんだ。豪快な盗み食いだな」


 サーベルピックのステーキを頬張っていると、まさかの盗み食い扱いを受けた。


「ブハッ! ゴホッゴホッ! ちょっと! 誰が盗み食いよ! 覚えてないの?! ほらこれ!」


 私は右手を持ち上げると、手の甲に刻印されてる主の証を見せた。ミストの左手の奴隷の呪印が呼応して光り輝く。


「ウ、ウィロー様?! これはいったい……」


「ああ、思い出した。そうか、俺様が連れてきてしまったのか……。仕方なかったとはいえ、めんどくさいことになったな」


 ミストは辛そうにふぅと息を吐くと、そのままドサっとベットに倒れ込んだ。


「あ! 寝ちゃう前に教えて! アザレアは牢屋にいなかったの?」


「ああ、お前が地下牢から上に上がった後、他の牢屋も調べたが誰もいなかった」


「そうなんだ……。どこに連れてかれちゃったんだろ」


「奴隷契約書も無かったからな。もう誰かに売られてしまったかもしれん」


「そんな……」


「俺たちは最善のことをした。正義の味方でもねぇし、全員を救えるほどのチカラも金も、権力もねぇ」


 それはそうだけど、この目に止まった人だけでも助けたいと思ってしまう。まぁ、アザレアはあの場にいなかったみたいだから、どうしようもないけど……。


「……あの女については、俺様の伝手で探しておいてやる。それで勘弁しろ」


「うん。ありがとう」


 ミストはこの屋敷を見る限りお金持ちっぽいから、アザレアの件に関しては任せておこう。適材適所って奴だね!


「クロリア。悪いが、こいつに俺たちについて全部説明しておいてくれ。それと身分証の発行もやっておけ」


「全部……ですか? 本当によろしいのですか?」


「ああ、こいつなら問題ない」


「……かしこまりました」


 クロリアが丁寧にお辞儀をすると、ミストはそのまま気絶するかのようにまた寝てしまった。やっぱり体調は悪いみたい。

 クロリアは、ミストに丁寧に掛け布団を掛けると、もぐもぐと食べてる私に向き直ってお辞儀した。


「ルルシアン様。ウィロー様より許可が降りましたので、私達についてご説明させて頂きます」

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