6杯目:奴隷契約
「え、仕方ないって……。証拠隠滅のために私を殺すのつもり?! 無駄だよ! 私は無敵なんだからね!」
剣を構えたミストに対して、私も骨付き肉を構えてみたけど鼻で笑われた。
「フンッ、何を言ってるのかわからんが、
言われて自分の身体を見ると、立ち昇っていた赤いオーラは確かに消えていた。
そっか、骨付き肉を食べちゃったからだ。
ジャリとミストが私に近付くと、その左手に握った剣を振り上げ――
ドン!
ミストはテーブルに剣を突き立てた。
「見ろ、これが俺様の奴隷契約書だ。くっ……」
具合の悪そうなミストに言われてテーブルに視線を移すと、ナイトミストの本名なのかな? ウィロー・グレイミストと記された契約書が置かれていた。
「なんだもう……。びっくりしたじゃないの!」
「……なにがだ?」
「証拠隠滅のために、殺されちゃうのかと思ったじゃない!」
「お前を殺したところで、俺様に何のメリットもないだろうが……。わけのわからんことを言ってないで、早くこれを見ろ。……誰かにやられた右腕のせいで辛いんだ」
「悪かったってば……。もう、なんなのよ……」
右手を抑えるミストに促されて、私は骨付き肉を齧るとテーブルの上の契約書に目を通した。
私の契約書とは違って、ミストの契約書は名前に射線が引かれていない。
「もぐもぐ、これって契約が有効ってことだよね?」
「そうだ。だが、まだ買い手はついていない。今なら間に合う。ここにお前の血で血判を押すんだ」
言いながら、ミストはテーブルの上の剣に視線を向けた。
「え? それって……」
私がミストの雇用主になるってこと? どんな制約があるかとか何にもわかってないんだけど……。と、私が戸惑っていると、ミストは部屋の床に描かれた魔法陣を指差した。
「この魔法陣が、左手の奴隷の呪印と繋がっている。もし奴隷契約が成立してない奴隷がここを出ると……」
「ここを出ると……どうなるの?」
「呪印が発動して俺様の身体は大爆発する。つまりここを出るには契約をす――」
「だ、大爆発?! 逃げろー!」
「置いてくなコラァ! いくら俺様でも泣くぞ!」
私にやられた右腕のせいで熱が出ているのか、ミストは訳のわからないことを言い始めた。
「わ、わかったわよ。ここに血判を押せばいいのね?!」
戻ってきてテーブルの書類を手に取ると、もはや喋るのも辛いのか、ミストは無言で頷くだけだった。
ここで私だけ逃げるわけにもいかない。無言で頷くミストに睨まれながら、剣を指で擦ると契約書に血判を押した。
ジジジジ
その瞬間、契約書のウィロー・グレイミストの名前の上に青い文字で丸が付けられ、私の右手には青白く輝く奴隷の呪印みたいなものが現れた。
「なにこれ?!」
「……それは契約主の証だ。見ろ、俺の呪印が青色に変わっただろう。これで、ここを出れる。念の為に書類は持って行くぞ。奴隷契約の証明にな、る……。うぐっ」
ミストがグシャと倒れ込んだ。
駆け寄って額に手を当てるとすごい熱だ。腕が折れただけの熱じゃない。
きっと出されたご飯に、良くないものでも入っていたのかもしれない。そう信じたい。
「ちょっとミスト! どうしたらいいの?!」
「ハァハァ……。俺様にスキル使用を、許可……しろ」
あ、そうだ。確かミストが、奴隷は主の許可がないとスキルも魔法も使えないって言ってた。
きっとミストはここから逃げるための方法を持ってるんだ。だって、ずっと捕まらなかった有名な盗賊だもんね。
「それで、どうすれば許可が与えられるの? あれ? ミスト?」
ミストは動かなくなってしまった。慌てて仰向けにさせると、弱々しい吐息とは裏腹に「許可をよこせと」ミストの赤い瞳は力強く私に訴えかけた。
許可を与える呪文なんて知らないけど、そんなに難しいわけがない。私は心を決めると、ミストに聞こえるように大きな声で唱えた。
「ル、ルルシアンの名において命ずる! ミストの能力行使を許可する!」
唱えた瞬間、私の右手の主の証と、ミストの左手の奴隷の呪印が共鳴して青く輝いた。
「あ、上手くいったかな?」
すると、ミストがガシッと私の腕を掴んで叫んだ。
「……ッ。
ミストが唱えた瞬間、ボンッ!と大量に煙が発生。私の視界は煙に包まれて全く見えなくなった。
わかることは、仰向けで倒れているミストが私の腕をギュッと握っていることだけ。そのミストの顔も煙で見えない。
時間にしてたぶん数秒だと思うけど、次第に煙が晴れ木目調の壁や天井が見えた。
さっきまでいた奴隷商の隠れ家とは明らかに違う場所だ。
あんまり魔法やスキルには詳しくないけど、ミストが使ったのは恐らく転移スキルだと思う。
煙が完全に無くなる、部屋の中に誰もいない事にホッと一息した。
落ち着いて部屋の中を見回すと、まるで生活感のない家具が並べられ、窓の外では日が昇りはじめていた。
「ねぇ、ここどこ? ミストの家?」
どうやら私たちはベットの上に転移したらしい。干し草とは違うふわふわの質感が気持ちいい。
「ねぇ? ミスト、大丈夫? 死んでないよね?」
私の下でまったく動かないミストが心配になった。私の腕を握る手にも力が入っておらず、パタリと倒れた。
慌てて口に手を当てても、息をしていない。
胸に耳を当てても心臓が動いてない……。
「えぇええ?! 死んでる?!」
これ人工呼吸した方がいいのかな?!
いや、しないとヤバい、よね?
迷ってる暇はない。
私はミストの洋服をはだけさせると、お腹に跨って心臓をマッサージしながら人工呼吸をはじめた。
ぐっぐっ!
「スーハー、ぷぅー! ダメ?! もう一回!」
ぐっぐっ!
「スーハー、ぷぅー!」
二回目の人工呼吸をしていると、突然部屋のドアがガチャ!と開いた。
「……え」
部屋に入ってきたのは、掃除用のモップとバケツを手に持った黒髪のメイドさんだった。
メイドさんの黄色い瞳が、ベットの上の私とミストを交互に見比べると次第に顔が赤くなっていき……。
「ウィロー様! お帰りでしたか! お楽しみのところをお邪魔して大変申し訳ありません!」
メイドさんは身体を180°曲げて高速お辞儀をすると、壁にぶつかりながら部屋から出て行ってしまった。
「え、ちょっと待って?! 何か誤解された?! いや、それよりもミストをどうにかしてー!」
私は慌ててベットの上から飛び降りようと踏み出したら、誤ってミストのお腹を思いっきり踏んづけてしまった。
「ガハッ!」
ミストは息を吹き返した。
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