4杯目:空腹

「むにゃむにゃ。お腹空いたぁ……。痛ぁっ!」


 ご飯を探している夢を見ていたら、頭に痛みが走って目が覚めた。


「あれ……。ここは、どこ?」


 見た事のない天井だ。自分の部屋じゃない。しかし薄暗くて臭い寒い部屋は、私の記憶を呼び覚すのに十分だった。


「そうだ。私、奴隷商に売られて……」


 あの後、私は牢屋に閉じ込められたらしい。身体を起こすと、目の前には重苦しい鉄格子が立ち塞がっていた。とてもじゃないけど、通り抜けるなんて不可能な太さだ。


「寝ていろ。無駄な体力を使うな」


 男の声が聞こえて振り返ると、部屋の隅に黒髪の青年が座り込んでいた。


「ミスト?」


「ナイトミストだ。勝手に略すなと言っただろう」


 そうだった。地下牢に連れてこられてボルドモーブっておじさんに鞭で叩かれて……。ミストが庇ってくれたんだ……。

 私は頭に走る痛みを無視してミストに近寄ると、ミストはあちこち血だらけだった。


「おい、勝手に触るな」


 私のせいだ……。

 私が勝手な事をしたから……。


「ごめんなさい。私のかわりに……」


「別に……。お前の身代わりになったつもりはねぇよ。たまたま叩かれてえ気分だっただけだ。気にするな」


「え、そういう趣味が?」


「ぶっ殺すぞコラ!」


「ふふ、冗談だよ。ありがとう。お陰であんまり叩かれなかったよ」


「フンッ」


 ミストは少し照れくさそうにすると、顔をそっぽに向けた。しかしその顔も、鞭の後と血の跡が生々しい。


「あんなに鞭で叩かれたのに、手当をしてもらえないの?」


「当たり前だろ、俺たちは奴隷だぞ。叩いて壊れたらそれまでだ。そういう人生をお前は選んだんだ。自覚しろ」


 返す言葉が見つからない。

 私は奴隷の扱いがこんなに酷いなんて思いもしなかった。ミストの言う通り、私は世間知らずのバカな田舎娘だ……。


「うぅ……」


「いまさら後悔しても遅い。諦めるんだな。来世にでも期待してろ」


「うぅ、お腹が空いた……」


「はぁ、これだから田舎娘は……。あぁ、そうだった。握り飯ならそこにあるぞ」


「おにぎり?! 本当?!」


 ご飯があると聞いて、ルンルン気分でミストの指差した方にお皿が見えた。アザレアから奴隷でも麦は出るって聞いてたから、米があると聞いてテンションは爆上げだ。


「え? これ……?」


「そうだ」


 え、なんだろうこれ。お皿に丸い何かが乗ってるけど、砂やゴミが混じってる。まさか、これ……おにぎり?


「ククク。奴隷の飯は奴隷商の食べ残しを床に落として、ゴミ掃除した残りって決まってんだよ」


「嘘でしょ……」


「嘘なもんか。食うのが嫌なら、早いところ雇い主が見つかる様に祈るんだな。どうせ逃げる事もできねぇし」


「逃げる……。そうだ。逃げようよ! ミストは凄腕の盗賊なんでしょ? なんか牢屋の解錠スキルぅー! とか、すごい魔法は使えないの?!」


「でけぇ声を出すな……。ったく、本当に何にも知らねぇんだな……。これを見ろ」


 ミストは左手を持ち上げると、手の甲には淡く紫に輝く紋様があった。


「奴隷の呪印だ。こいつのせいで、主人の許可なしではスキルも魔法も使えん。脱出は不可能だ」


「そんな……」


 言われて自分の左手に視線を落とすと、私にも呪印が付けられていた。まぁ、元々どんなスキルを持ってるかなんて知らないけど……。


「はぁ……」


 ろくにご飯も貰えず、スキルや魔法も封印されて、雇い主が現れるのを待つだけ……。もし雇い主が見つかっても、人間扱いされるかわからないなんて……。


 絶望

 その二文字が私の頭に浮かんだ。

 どうしてこんなことになっちゃったんだろ。


 私は何も悪い事してないのに……。ミストは村を襲ったモンスターが私だって言ってたけど、私がやった証拠はない。


 ミストだって盗賊らしいけど、ここまで酷い仕打ちをされる程の悪い人には見えない。


 アザレアだって……。


「あれ? そういえばアザレアは……?」


 牢屋の中には私とミストしかいない。

 一緒に連れてこられたアザレアがいない。


「ガキのお前には酷かもしれんが、あいつも女だ。こんな牢屋に入れておくより、別の使い道があるんだろう」


 そ、それってやっぱりそういうことだよね……。

 ガキでよかった……。じゃないか、アザレア大丈夫かな。酷いことされてなきゃいいけど……。


「ところで、お前の村がモンスターに襲われた前日、お前は何をしていたんだ?」


「私? えっーと確か。あの日はお父さんに内緒で売り物の果物を食べて、ご飯抜きだ!って怒られて……。お腹かが空いて、無理やり寝たくらいしか記憶にないかな?」


「……。そのモンスターに襲われた食糧庫ってのは、頑丈だったのか?」


「え? 鋼鉄製の頑丈な倉庫だけど……」


「……なるほどな。仕方ねぇか」


 何が仕方ないのかわからないけど、ミストはゴミおにぎりを二つ掴むと、一気に口に放り込んだ。


「うぇ……。ばっちい……」


「うぅ、ぐっ! むううぅ!!」


 吐き出せば良いのに、ミストは胸を叩きながら、ごっくんとゴミおにぎりを飲み込んだ。


「はぁはぁ――。くっせぇ、最悪だぜ。死ぬかと思った……」


「そんなに食べたかったの? 私はいくらお腹空いてても、ゴミおにぎりは無理ッ」


「うっせぇ。お前にはやらねぇからな」


 それだけ言うと、ミストはそっぽを向いて寝てしまった。それ以降は、いくら話しかけても「話しかけるな」ばっかりだった。


 それから次の日も、奴隷商はニヤニヤしながらゴミおにぎりは出してきた。ミストと私の分、今日もミストが酷い顔をして無理やり飲み込んだ。


 次の日。飲まず食わずの私は、お腹が空いて空いて限界が近かった。でもゴミおにぎりは食べたくない。


 「お腹が空いた」「食べたくない」この二つの感情が私の中でグルグルと回ると、次第に精神に異常をきたした。


「お腹……空いた……。ゴミおにぎり、食べたくない……。うぅぅう! もうダメ! 何か食べないと死んじゃう……!」


 私が視線が定まらないまま、ミストが食べようとしていたゴミおにぎりを奪おうとしたけど、ミストに食べられてしまった。


「フン、お前には食わさねえって言っただろ」


「ああああああー! お腹空いたぁあああ!」


 その瞬間、プツッと私の意識が途切れ――


 ――次の瞬間、無理やり口に何かを押し込まれて、意識が強制的に引き戻された。


「ん?!」


 目を開けると、ミストが私にキスをしていた。


 最悪なことに、口移しでゴミおにぎりをねじ込んで。


「おぇー! なにすんのよ! バカ! 史上最悪のキスしちゃったじゃない!」


「ぺッ! それは俺様のセリフだ……。それより成功したな」


「何を言って……。え? なに、これ」


 よく見ると、私の身体から赤いオーラみたいなものが立ち昇ってる。さらに身体中から力がみなぎる。自分でも恐ろしいほどの力を感じる。


「それが、お前の村を襲ったモンスターの正体。お前のスキル。空腹の狂戦士ハングリー・バーサーカーだ」


「これが……。私のスキル?」


「昔、飢餓で苦しむ村が一夜で壊滅した話を思い出してな。ま、発動の瞬間に飯を与えたら意識が戻るかどうかは、一か八かだったが……」


 空腹の狂戦士ハングリー・バーサーカー やっぱり村の食糧庫を襲ったのは私だったんだ……。


 驚きとショックで頭が混乱する中、半信半疑のまま鉄格子を握ったら、ポキっとまるで小枝のように折れた。


「うわすごい……。でもスキルは使えないんじゃ? あれ、奴隷の呪印が消えてる……」


「奴隷の呪印は自発的にスキルは使えぬが、お前のスキルは無意識下で発動する。恐らく奴隷の呪印が解除されたと誤作動を起こしたのだろう」


「そうなんだ……」


「どれくらい効果が続くかわからん。さっさと逃げるぞ」


「逃げる……」


 そうだ。この力があれば逃げれる。

 いつまでもこんなところに居たくない!

 もう村には帰れないけど、とにかくここから逃げよう!


「うん! ミスト! 一緒に逃げよう! ええーい!」


 右腕を適当に振り下ろすと、ガシャンガシャンと激しい音を立てて鉄格子が粉々になった。


「なんの音だ! 地下牢だ!」


 階段の上でボルドモーブの仲間が騒いでいる。階段を降りてくる複数の足音が聞こえる。


「いいか? よく聞けルルシアン。今のお前は誰よりも強い。思いっきり暴れろ!」


「任せて! 今度は私がミストを助けるよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る