3杯目:奴隷商

「村を襲ったモンスターが……。私?」


「だってそうだろ? お前は犯罪はしてない。なのに村に奴隷商がやってきて、この犯罪者用の馬車に乗せられた。なら答えは一つに決まっている。お前は騙されたんだよ」


 いやいやいや?! 全然意味わからない!

 私がモンスターなわけないじゃん!


「お父さんは、私に逃げろって言ってくれたんだよ?!」


「そりゃ、まともな親なら子を逃すだろうな。どっかのバカな娘は逃げなかったみたいだが」


「そ、それは……」


 だって本当に村の食料がピンチだったし、冒険者雇わないと私の好きな村がなくなっちゃうと思って……。

 みんなが私を騙してたの? それともお父さんが私を……? そんなこと信じられないよ。うぅ。


「ぐすん……」


「ちょっと、ルルシアンを泣かせないでよね」


「俺様は推理を手伝ってやっただけだろうが、感謝しろよ」


 でも、この人が言うように、もし犯人が私なら合点がいく……。あの日私は寝ていたから記憶がない。

 もし寝てる間に私が村の食料を漁っていたら……。でも、そんなことある? 記憶がないなんて……。


「ルルシアン落ち着いて、あくまで可能性の話よ。真実はわからないよ」


「いいじゃねぇかよ。夜中に村を襲ってもよ。世の中ってのはな、好き勝手やったもん勝ちなんだよ」


「……あんた、名前くらい名乗りなさいよ」


「俺様か? そうだな。冥土の土産に教えやるか……。お前らも聞いたことあるだろう。俺こそが、天下の大盗賊ナイトミストだ」


 大盗賊? どうやら有名な盗賊らしい。

 だけど、私は全く知らない。

 聞いたこともない。

 村の中でも噂になったことすらない。


「ふんだ! ミストなんて名前、聞いたこともないよーだ」


「ド田舎娘が! 勝手に略すんじゃねぇよ!」


 ミストが怒鳴るのと同時に、アザレアが盗賊ナイトミストについて説明してくれた。


「聞いたことあるわ。神出鬼没な盗賊で、ニールベルト王国の貴族ばかり狙われてるって、確かかなりの数が被害に遭ってるとか」


「ふーん。でも捕まってるじゃーん。ざーこ」


「テメェ! ぶち殺すぞコラァ!」


 ミストがガタゴトと身をよじってる音が聞こえる。私は頭突き回避するために頭をすくめた。


「そこか! 食らいやがれ! オラァ! あ? テメェどこ行きやがった! ここか?! こっちか?!」


「うっせぇぞ! 奴隷共!」


「ぐはっ!」


 いつの間にか馬車は止まっていて、奴隷商らしき人にミストが殴られてるっぽい。ふん! バカにしたバチがあたったんだよ!


「よし、降りろ!」


 どうやら目的地がここらしい。言われるままに馬車を降りると、私たち奴隷は全員が手枷を紐で結ばれ、前が見えないまま歩かされた。


 ホーホーと夜鳥が鳴いているから、まだ夜だっていうのはわかるけど、ここはどこなんだろう。地面は少しぬかるんでいて足を取られる。


 おまけに春先で暖かくなってきたとはいえ、まだ肌寒い。


「止まれ」


 ガシャン!と錆びついた重い扉の開く音が聞こえると、今度は地下に向かって階段を降りた。一段、また一段と階段を降りるたびに、どんどん気温は下がっていく。


 うう、怖くなってきちゃった。

 どんな事されちゃうんだろう。

 お腹空いたなぁ……。


 ミストにはバカにされたけど、よく考えたら奴隷って、何をされるのか知らなかった。牢屋に入れられて売られるまでは、ご飯食べれると思ってたけど、なんか芸とか仕込まれるのかな……。


「ぐぇっ」


 突然、頭を覆っていた黒い布が乱暴に剥ぎ取られた。


 視界が光に目が慣れていなくて、周囲はまだぼんやりとしか見えてない。どうやら地下牢のような場所みたいだった。


「んっ」


 アザレアやミストも黒布を無理やり取られたのか、背後から軽い呻き声が聞こえた。


 振り返ると、スラっとした肢体に赤い髪が印象の美人の女性と、目付きの悪い灰色の髪の男が私の手枷と繋がっていた。


「アザレア? ミスト?」


「貴様ァー! 勝手に喋るな!」


「痛っ!」


 ビシ! と筋肉質で坊主頭の男に鞭で軽く叩かれた。

 軽くとは言ってもめちゃくちゃ痛い。叩かれた左腕が血で滲む。


「ル……」


 私のその様子に、アザレアが思わず声を出しそうになって、無理やり飲み込んだのが見えた。


「わかってないようだな? 貴様らの身体は全てボスである、ボルドモーブ様に所有権がある。勝手に喋ることは許されん」


 筋肉質の男は、鞭を地面にピシピシ叩きつけて威嚇してくる。身体の全て……。つまり声すらも、ボルドモーブっていう人の許可なしには、勝手に使ってはいけないってこと?!


 どうしよう。思ったよりも過酷だ……。

 そりゃそうだよね……。

 改めて自分の置かれた状況に、後悔の波が押し寄せてきた。


 その時、カツンカツンと足音が地下牢に響くと、気持ち悪い笑い方をしながら誰かが降りてきた。


「びゃびゃびゃ。今回の奴隷はどれも逸品と聞くじゃあないか。楽しみだのぉ」


「これはこれは、ボルドモーブ様!」


 筋肉質の角刈りの男が膝をつくと、気持ち悪い笑い声と共に、豪奢な金色の洋服に身を包み、金髪のカツラを乗せ太ったおじさんが現れた。


「うむうむ。ほぉこいつが盗賊ナイトミストか、こいつは高く売れるぞ。びゃびゃびゃ!」


「やっぱり笑い方がキモ……」


「あ?! おい! わしの許可なく喋りおったぞ! 躾はどーなっとる!」


「も、申し訳ございません!」


「貸せ!」


 ボルドモーブは筋肉質の男から鞭を奪い取ると、私に向かって構えた。


「躾は最初が肝心だと言っただろうがッ!」


 ボルドモーブが大きく鞭を振りかぶる。


「ひっ」


 先ほどの痛みがフラッシュバックして、思わず目を瞑ったけど……。覚悟していた衝撃が来なかった。


「くっ……」


 恐る恐る目を開けると、私の前にはいつの間にかミストがいて、変わりに鞭を喰らっていた。


「え、ミスト……。なんで……」


 私からは見えないけど、顔に当たったのか、ポタポタと血が地面を染めた。


「こいつ! わしの許可なく動いたぞ! この! この! この! この! この! この!」


 ボルドモーブは倒れたミストに容赦なく鞭を振り下ろした。血溜まりに倒れるミストはもうピクリとも動かない。


「やめてよ! ミストが死んじゃう!!」


「ええぃうるさい! わしの許可なく動く奴はこうだ! この! この!」


「酷いよ! どうしてこんなに酷いことをするの!」


「だ・か・ら! 奴隷の分際で……。勝手に喋るなッ!!」


 振り下ろされたボルドモーブの鞭が私の頭に当たると、私は意識を失って倒れた。

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