1杯目:私の村
私は名前はルルシアン、十五歳。
私は王都ニールベルトから遠く離れたド田舎の農村で、父と二人で暮らしていた。
山間にある私の村は、豊富な野菜や果物が取れて酪農にも力を入れていた。遊ぶところはないけど、私にとってこの村はまさに天国だった。
過去形である。
近年は天候不順に加え、異常気象により不作が続き、慢性的な食糧不足が村では深刻な問題となっていた。
「はぁ、お腹空いたなぁ……」
魚のいない池を見ては、溜息が出る。
水面には、今は亡きお母さん譲りの水色の瞳と水色の髪が写り、ゆらゆらと風に揺れている。
十五歳になったし、もう少しオシャレにも気をつけた方が良いのかなと思うけど……。
「オシャレしても腹は膨れないし」
私はいつものように干し草の上に寝転がった。
暖かい日差し、澄み渡る空、小鳥の鳴き声。私はこうして干し草の上で寝るのが毎日の日課だった。
「ルルシアン。今日も昼寝かい?」
「そうだよ。動くとお腹が空くからね」
身体を起こして近くを通ったおじさんに返事を返すと、私はまた干し草の上に寝転んだ――
その夜。
今日は村の寄り合いの日で父がいないため、私は台所に何か食べ物がないかと漁っている時だった。
バタン! と力強く玄関の戸が開き、いつもより早く父が帰って来てしまった。私はビクッと身体が震えると、すぐに地に頭を付けて謝った。
「ごめんなさい! まだ何も盗み食いしてません!」
「すまない! ルルシアン!」
なぜか父も毛の無い頭を地面に付けて謝った。
「え? どうしたの?」
互いに頭を上げて顔を見合わせると、父はゆっくりと口を開いた。
「それが……。村の話し合いで、お前を奴隷商に売る事が決まってしまったのだ」
「……はい?」
いや、どういうこと?!
いつも村の寄り合いでは、食料の分配やモンスター被害の対策として見回りの当番などについて話し合う程度なのに、なんで私が奴隷として売られると言う話に?!
「……こないだのモンスター騒動は、知っているな?」
「え? うん、まぁ……」
二日ほど前の夜の事だ。森にも食べ物が無くなった結果、腹を空かせたモンスターが村を襲った。
私はぐっすり寝ていて知らなかったけど、物凄い咆哮と共に現れて、村の食糧を根こそぎ食べて行ったらしい。
「村長や村の大人で話し合った結果。ルルシアン、お前を奴隷商に売りその金で冒険者の雇用、食料の購入に充てるという話になった……」
いやいやいや!
……という話になった。じゃないよ! めちゃくちゃ酷くない? 私の人権は無視ですか? 私は物ですか?
「それ、お父さんは反対しなかったの?」
父は私の質問には答えず、私の肩をギュッと掴んで私を真剣な顔で覗き込んだ。
「いいか? よく聞けルルシアン。いますぐ、村を出るんだ。お前が奴隷落ちするなんて、私には耐えられぬ」
私の肩を掴む父の手は、長年農業を営みタコや豆だらけになってボコボコの手だった。
「お父さん……」
その手をそっと離すと、父はポケットからジャラジャラと音の鳴る布袋を取り出して、私に力強く握らせた。
「村を出て東へ向かうと、ニールベルトとグローザックを結ぶ大きな街道に出る。そこを西に向かい、ニールベルトを目指しなさい」
私たちの村はニールベルト王国の領地内にあり、どちらかと言うと統治が成功している歴史ある国だ。
方やグローザック帝国は、ニールベルトに比べると若い国で、国の成長を急ぐあまり黒い噂が絶えないと聞くし、治安も悪いともっぱらの噂だった。
「お父さんも一緒に行こうよ!」
誰がお金を稼いで、私を養うのよ! と、危なく心の声が飛び出るところだった。
「ダメだ。私まで居なくなったら村の収穫量が減るし、なにより家畜達を放ってはいけない」
こないだのモンスター騒動で一頭食べられちゃったけど、まだうちには何頭かの家畜がいる。私は面倒見たことないけど。
「その奴隷商はいつ来るの?」
「今夜だ」
「今夜?! 早くない?!」
「村長は避けられない事態だと前々から思っていたらしく、今日の寄り合いに合わせて手配をしていたらしい」
話が急展開過ぎない?! 今日は干し草の上で昼寝してたのに、夜には夜逃げしないといけないの?!
「いいか? ニールベルトに着いたら、まずは冒険者ギルドへ向かうんだ」
「え? 冒険者ギルド? 私には冒険者なんて無理だよ?! 剣なんか扱えないし……」
「だからだ。いいか? ルルシアン。冒険者ギルドで自分のスキルを確認し、何が出来るか模索しろ。お前は一人で生きていかないければならないんだ」
うーん。最悪の二択だ。
ここで意地になって村にいても、私は奴隷として売られてしまう。かと言って、村を出れば冒険者となって働かないきゃいけない。
私の夢は、働かないで毎日ご飯を食べることだ。
ん? なら奴隷の方が待遇が良いんじゃない? いくら奴隷とは言っても大切な商品だし、ご飯くらいはくれるよね?
最近は野菜の入ってないスープとかばっかりだったし、それよりもまともな物が食べれるのでは?
私の心は決まった。
「お父さん、私。村のために奴隷として売られるよ。私が逃げたら村の貧困は救えないじゃない」
「ルルシアン……。お前……うぅ」
涙を流して震える父を優しく抱きしめた時、コンコンと玄関をノックする音が響いた。
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