オゴォッ! オゴゴゴォッ!!!!

村上嘘八百

オゴォッ! オゴゴゴォッ!!!!

 養豚場で働いている友達から聞いた話によると、育てた豚が出荷される時は自然と涙が溢れるらしい。




 生きる為、家族を養う為と頭では分かっていても、やはりこれほどにない愛情を注いだ言わば『家族』のような存在である豚がこれから殺され、バラされ、スーパーに並ぶと考えると悲しさで心が満たされるのだと言う。




 まぁ確かに愛着というものは長く過ごすほど増していくものだし分からなくもない。豚だって愛玩動物あいがんどうぶつと呼ばれてないにしろ、ペットとしてミニブタを飼っているところもあるくらいだし、僕もどっちかと言うと可愛いと思う方だ。










「オゴォッ! オゴゴゴォッ!!!!」




 え、汚っ――。




 今の――何ていうか豚が餌を欲する時みたいな声は僕の彼女の喘あえぎ声だ。




 やはり女の子の喘ぎ声であったり、一つ一つの所作というもは男子にとっては辛抱堪らんものだと思う。勿論もちろん、僕もそのうちの一人だし期待もしていたというわけだが――。




「オゴゴゴ――オゴォォォォッ!」




 汚っっ――。何回聞いても汚い。喘ぎ声だけ。あと果てる時に最大限オゴつくの止めろ腹が立つ。




「フ……フゴ――フ、フ、オゴォ」




 余韻ですらオゴつく彼女を横目に僕は煙草を手に取り火を点ける。濃ゆい煙を口から出し気持ちを落ち着かせていた。息子はすっかり萎えきってて消えて無くなりそうだった。




 彼女はベットの上で大の字で失神していた。相当気持ちよかったのか股は水でもかけたんじゃないかというほど濡れている。しかし僕には豚が涎よだれを垂らしているようにしか見えなかった。




 僕の彼女は完璧だ。文武両道を人間にしたら彼女と言えるほどに勉強もスポーツも出来て、料理は上手いし優しいし、長い黒髪のとびきりの美人だ。




「ふ、フゴォ――」




 喘ぎ声だけが豚なのだ。マニアックエロアニメの下品な喘ぎ声とは比べ物にならないほど濁音混じりの喘ぎ声を毎回轟とどろかせる。その下品な声がセックスを盛り上げるものではなく、現実に引き戻すものになっている。夢の国へ誘うはずのベットが、こんなにも現実とリンクするなんて思いもしなかった。




 三本目の煙草に火を点けようとすると、豚の口――いや『赤ちゃんの出口』が乾いてカッピカピのテッカテカになっていた。人間の股ってこんなにもカッピカピのテッカテカになるもんなんだなーと思いながら三本目の煙草に火を点ける。まるで股に大量のオブラートを貼り付けたみたいになっていた。こんなことを言っているが『言葉のオブラート』には包んだつもりだ。




 とりあえず今日は寝よう。何もかも忘れるように、忘れてくれるように泥のようにぐっすりと――。










◆ ◆ ◆










 彼女と食事をした。昨日のことが嘘のように彼女は綺麗で輝いて太陽みたいだった。昨日は本当に夢の国に行っていたのかもしれない。そう思ってしまうほどに、今日の彼女を見ると昨日のことが幻だったかのように思える。




 僕達が入ったのは庶民的なファミリーレストラン。全国にチェーン展開もしており、知らない人はいないほどの有名店だ。本当はもっと高いお店に連れていけるけど、彼女が「君と食べれるなら何処でも美味しいから節約の為に安い所に行こうよ! 二人の将来の為にさ!」と言うのでいつも外食はチェーン店だ。




 昨今『男は財力だ、男は地位と名誉だ』と男をアクセサリーか何かとしか思わない発言が目立つが彼女はそんなことはなかった。




 僕は一般的な中小企業で働いてるし、出世コースに乗っている訳でもない。顔も身長も何もかもが平凡かそれ以下のような男だ。そんな僕を彼女は心の底から愛してくれていた。




 勿論そんな彼女を僕も愛していた。こんな美人で性格も良くて本気を出せば僕なんかよりも良い男と付き合えるのに僕なんかを愛してくれる――そんな彼女のことが大好きだ。




 一生一緒に人生という長い道のりを歩んで行きたい。




 皺だらけになっても、腰が曲がっても二人で笑いながら過ごして行きたい――。僕はそう思った。












「ブッッッホ! ぷ、ブギィィ――オゴォッ!」




 汚えなぁ本当――。どういうメカニズムでその声出てんの? マジで――。




 足をバタバタさせながら善声よがる彼女を僕は死んだ目で見つめていた。




 谷間には汗がたまり――いや、涎!? 谷間に涎が溜まってる!? きったね! 涎だよな? 何か粘土質みたいだもん。絶対涎だよーマジかよー。




 僕は自分の息子を無理矢理起立させる。ここで萎えてしまったら彼女を傷つけてしまう。そんなことはしたくない。




 喘ぎ声だけなんだ――喘ぎ声だけが他の人より少し特徴的なだけなんだ。それ以外は僕には勿体ないくらい完璧で大好きな彼女なんだ。そんな人を、そんな愛している彼女を傷つけたくはない。




 見方によれば『個性』と言えるのではなかろうか? 『みんなちがって、みんないい』小学生の頃、国語の授業で習ったじゃないか――。




 僕は小鳥じゃないし鈴でもない。僕は平凡で何も着色されてないつまらない男だ。彼女は豚だ。いや見た目の話をしているわけではない。喘ぎ声が豚ってことだ。




 そんな彼女を否定するのは簡単なことだ。自分とは違う人を遠ざけてしまうのは誰でも出来る。今、目の前にいる人は僕の愛している彼女だ。その個性を受け入れる度量がある人が彼女の隣に相応しいのではないだろうか?




 ごめんね。豚みたいな喘ぎ声だと言って――これからは君のことを――。




「むかしむかしのおはなしです。さんびきのこぶたが、じぶんのいえをつくりました。いちばんうえのこぶたは、わらのいえ。「すぐにできたよ」にばんめのこぶたは、きのいえ。「かんたんだったよ」そこへ、わるいおおかみがやってきました。「こんないえひとふきだ」はないきをぷーっ!」




 喘ぎ声が『三匹のこぶた』――だと。




 『三匹のこぶた』ってのはあれかい? イギリスの童話で有名なあの『三匹のこぶた』かい? ジェイムズ・オーチャード・ハリウェル=フィリップスにより初版が発行されたあの『三匹のこぶた』かい? 




 何で三匹のこぶたなんだ――。ま、まさか! 自分の喘ぎ声が豚だから!? それはもう自覚してるじゃん! 自分の喘ぎ声が豚みたいな声だって自覚してるじゃんか! 喘ぎ声のバリエーション増やしてきてるじゃん!




「さんびきはれんがのいえで、いつまでもなかよくくらしましたとさ――オゴォッ!!!!」




 彼女は朗読を終えると、最後は「めでたし、めでたし」と言わんばかりに盛大にオゴついて果ててしまった。




 この前のように失神してしまった彼女の股は豚の涎のようにびっしゃびしゃのテッラテラだった。




 僕は煙草に火を点けた――。










◆ ◆ ◆










 あれは予想外だった。まさか行為中に『三匹のこぶた』を朗読されるなんて誰が予想できるだろうか――。




 流石に初手であれを受け止める度量は僕には無かった。しかし最後まで息子を起立させていたことを褒めてほしい。それだけが僕の誇りだった。




 彼女は行為中のことは忘れてしまうらしい。彼女いわく行為の途中で、主に挿入時に夢中になってしまい頭の中が真っ白になるのだという。自我を取り戻すのは失神から目覚める時らしいのだ。そうであれば僕からは何も言えない。記憶がないのであれば、僕が「喘ぎ声が豚みたいだよ」って言ったとしても、彼女にしてみれば僕が何を言っているか分からないだろう。それで水掛け論になって喧嘩にでもなる方が僕は辛い。




 しかし、このままだと僕の息子、いや僕自身の精神が持たない。このまま結婚したとして夫婦になるわけだが、夫婦になっても僕達の夜の営みは続いていく。夜の営みは夫婦生活を潤滑じゅんかつに進める為には欠かせないものだ。これから何十、何百とも体と心を重ねていくことだろう。何か対策をしなければならない。




 別れたくはない。それだけは自信を持って言える。




 今まで出逢ったどんな人よりも彼女のことを愛している。これから先も彼女を超える女性は出てこないと断言できる。それくらい彼女のことを僕は愛しているんだ。




 そうなると僕が変わるしかない。我慢は駄目だ。我慢は不満になり、いつか絶対に爆発してしまう。どうにかして彼女の喘ぎ声を愛せるようにならないといけない。見方を変えなければならない。それも良いものだと思える心を持たなければならない。




 僕は思考を巡らせる――と言っても、これは『心の問題』であるので案はそんなに出てこなかった。




 僕は何となく本屋さんに立ち寄って絵本コーナーへ向かうと『三匹のこぶた』を手に取る。別に彼女の行為中の朗読に感化されて久しぶり読みたくなったわけではなく、何となく豚というものを感じてみたくなっただけだ。




 日本で発売されている絵本は子供向けにマイルドになっているらしいが、実際は結構グロテスクな内容らしい。この物語にも長い歴史と変化があるもんなんだなと思った。




 僕は絵本を最後まで読み終える、と言っても子供向けの絵本なんて大人の僕が読むのにかかる時間なんて数分ほどだった。これでも有名な純文学なんかは全部読んだことあるし、ある程度の速読も出来るのだ。




 僕は本屋さんをでた。その後、また考えを巡らせるために公園へ向かう。




 歩いているおばあちゃんやおじいちゃんや遊んでいる子供なんかを眺めながら、また頭の中をめぐらせた。しかし目の前にいる子供をみていると、ぼくたちもいつかは、こんな風に家庭を持って子供を持って幸せにくらすのだろうと考えてしまった。




 そのためにはぼくたちの関係を――いやぼくの心をどうにかしなくちゃわいけない。すべての原因はぼくにあるのだ。彼女はわるくない。




 豚のことをりかいすれば良いのではないか? ぼくはそう思った。ぼくが豚のことをりかいしていれば豚みたいな喘ぎごえに不快感をおぼえないのではなかろうか?




 とりあえずぼくは豚についてしらべてみようと思い、豚に関係しているようなほんであったりとか作品であったりをかって自宅へかえった。




 ほんは豚のせいたいについて分かりやすくかいてあるやつと、作品というのはえいがとかアニメーションみたいなやつだ。




 いがいと面白かったし、豚についていろいろとりかいもできたとおもう。




 みんなは知っているだろうか? 豚はとてもしゃかいてきなどうぶつで、母系のちいさなグループをつくるんだ。その群れはニからろくとうの母豚とそのこどもたちでこうせいされ、さらにその小グループがネットワークをつくることもあるらしい。




 いろいろとべんきょうすると面白いもんだな。やはりがくもんというか学ぶというのは、いくつになってもたのしい。




 ぼくは豚のことをもっと深くりかいするために、よるごはんをナッツであったり、どんぐりにしてみた。ちゅうがくせいの頃にしゃかいのべんきょうでどんぐりのクッキーを昔のひとたちはつくってたべていたらしいという先生のはなしをおもいだしたのでぼくも作ってみることにした。




 どんぐりをこまかくくだいて、そこに牛乳、さとうはいれるかどうかしらないけど、クッキーといっているんだからいれてもおいしくなるはずだ。




 むかしはオーブンなんてものはなかったとおもうので、ふんいきを出すためにおおきめのいしを拾ってきて、それをあらってコンロにひをかけ、いしをあたためると、そのうえにかたちをととのえたクッキーのきじをおいてやいた。




 やはりどんぐりだからなのか、ひっくりかえすとボロボロとくずれやすくて不格好なクッキーになってしまった。




 できたクッキーをたべてみると、こうばしくていがいとわるくないんじゃないかとおもえた。もちろん毎日たべるのはキツイけど、たまにならじんるいのれきしをかんじれて面白いので、たまにならいいかなってかんじだ。




 ここまで豚とよりそってすごしたいちにちははじめてだった。もはや豚にあいちゃくどころか、ペットとしてかってみたいとさえおもえた。ようとんじょうにつとめているともだちのきもちがまえよりももっとふかくりかいできた。




 これなら――きっと。










「フゴォッ! オゴォッッ!!!!」




 しゅうまつ。かのじょとデートおわりのよる、ぼくたちはホテルにいた。うんうん、だいじょうぶた。あえぎごえがいとしくてたまらない。ヨシヨシしてあげたくなった。




「――ガガガ。ブヒィ! ブビィィィ! オゴォッ!」




 かわいいぞ、かわいいね。ぼくにもっとかわいいこえをきかせてくれないか? 




「むかしむかしのおはなしです――」




 かのじょのろくどくはみみごこちがよくていいな。またぼくにきかせてくれるなんてかれしみょうりにつきるおもいだよ。




 かのじょのこえがおおきくなった。ぼくもはてそうだ。




「――オゴォッ! オゴゴゴォッ!!!!」










 かのじょのバックから『三匹のこぶた』のえほんがおちた。

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