第10話 紡ぐ物語⑤ 白鳥と悪魔の物語


「姫様お下がりください!」

「この悪魔の女め!」


 黒衣の私を見咎めた侍女たちが警戒を露わにしたが無理もない。彼女たちにとって私は仕える主人に呪いをかけた側なのだから。


 本当はコデットを救うためであったが、悪魔として呪いをかけるにあたり人助けなどという理由は他の悪魔の手前許されない。


 この事が後にコニールとロッドバロンの悲劇に繋がるのだが。


「ふふふ、来るんじゃないかって思っていたわ」


 だけど、憎しみの目を向ける侍女たちと異なり、コデットは姿を現した私を見て微笑んだ。その笑貌はどこか小悪魔的で、小説では清純なはずのコデットとの違いに私は戸惑いを隠せないでいた。


「あなた、コデットよね?」

「ええ、あなたの親友のコデットよ」

「今でも私を親友と思っているの?」

「あなたは違うの?」


 なんだろう?


 小説では親友コニールに裏切られたと嘆き悲しんでいたのに、目の前のコデットにはなんだか余裕がある。


「さっき、この国の王子が来ていたみたいだったけど?」


 だけど今はそれよりジークがコデットを夜会に誘ったかの方が重要事項だ。


「何を話していたの?」

「あら、気になる、コニール?」


 意味深に笑うコデットは、やはり原作とは違って見える。まあ、顔が私ってだけでイメージがかけ離れてしまっているけど。


「ちょっと素敵な方でしたものね」

「べ、別に私は……」

「あら、本当に?」

「ほ、本当に私は……」

「俺は気になるな」


 その時、バサバサと翼を羽ばたかせ私たちの前に梟が降り立った。と思った瞬間、梟は大きく膨れ上がり三十半ばくらいの男性に姿を変えた。


 まったき黒髪を綺麗に整え、青い瞳は涼やかで、黒一色の服装ながら洗練された洒落者の美中年。


 このイケオジが今の私コニールの父である悪魔ロッドバロン。作中と同じくずっと盗み見ていたのだろう


「お父様……」

「ロッドバロン様!」


 そのストーカーじみた行為に引く私と対象的にコデットの声が少し弾んで聞こえたのは気のせいだろうか?


「お茶でも飲みながら詳しく聞こうか」


 お父様ロッドバロンがパチンと指を鳴らすとポンっと白いテーブルと茶器が現れた。突然この場に現れて、それなのに有無を言わせぬ振る舞いをしながら誰もが彼に従ってしまう。


 それが傍若無人ながら良い男には許されてしまうものらしい。私も咎める気持ちは失せていた。


 ちなみに、このロッドバロンは挿絵の良さもあったが、とにかく言動がいちいち格好良い。厳格な雰囲気がありながら愛娘コニールにはとても優しく、コニールそっくりのコデットにもとても甘く接する。それはまるで恋人に愛を語らうようで、コデットとロッドバロンが結ばれる結末を予想した読者も少なくないはず。


 かく言う私もその一人で、原典と異なり『黒鳥の湖』ではコデットとロッドバロンが結ばれるものと信じていた。見事に裏切られたけど。


「ちょうど良い茶葉が手に入ったのだが、コデット姫も一緒にどうかね?」

「はい、ご相伴に預からせていただきます!」


 コデット、なんでそんなに食い気味なの?

 呪いをかけた張本人相手に良いのかしら?


 侍女たちの方はやはりお父様ロッドバロンを警戒していたが、私たちが席につくと渋々ながら給仕を始めた。


 お父様ロッドバロンは長い足を組み直し頬杖をついたけど……いちいち絵になる人だ。


「さて、麗しのコデット姫はジーク王子とどんな話をしたのかね?」

「ふふふ、気になりますか?」

「まあ、さしずめ明日の夜会の招待かな?」

「あら、それは不可能だとお分かりのはずでは?」


 疑問に疑問を被せる応酬が眼前で繰り広げられる。


「あなた様の呪いで夜の聖堂でしか私は人には戻れませんわ」

「そうだが、ジークはそれを知るまい」


 このやり取りはもう既に物語とは違う方向に進んでいて、私はどうしたものかと途方に暮れた。


 その間も駆け引きのような会話が続く。


「……あの青二才ジークに俺の呪いが解けるはずもない」

「それはどうでしょう」


 表面はアルカイックスマイルで言葉の攻防を繰り広げギスギスしているようにも見える。だけど、二人ともとても楽しそうなのよね。


「ならば明日、あの男が絶望してここへ訪れるのを待つと良い」

「どうなさおつもりで?」

「ふっ、せっかくの王子のお誘いだ。舞踏会にはコニールをコデットの代わりに参加させよう」


 お父様ロッドバロンが指を鳴らすとポンっと梟に変身して飛び去った。それを見送る私の口からため息が漏れでる。


 明日の舞踏会の出席は確定してしまったようね。

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