泉鴉郷都(1)

 

「ガイドだな。華城とのマッチング数値もクソ高い。覚醒した直後で97%は、もうパーフェクトマッチに近い……っていうか、おそらく今は開花直後だからブレがあるんだろう。華城、夜凪はお前の運命の相手だろうぜ」

「「パーフェクトマッチ」」

 

 泣き終わり、落ち着いてから華之寺のところに行って診断してもらった結果、そんなことを言われた。

 パーフェクトマッチ――ガイドとセンチネル系能力者がお互いの魂で結ぶ契約をボンドと呼ぶが、その中でもマッチング数値が100%の相手のことを、運命の相手――パーフェクトマッチと呼ぶ。

 そして、そのパーフェクトマッチの相手とボンド契約を結ぶと、スピリットアニマルが特殊な進化を起こすとも。

 

「それになにより、ただの皮膚接触で華城のストレス値が50%まで下がってる。スピリットアニマルも中型にまで回復しているし……やっぱりマッチング数値が高いと皮膚接触だけでここまで回復するんだな。とはいえ、夜凪のストレス値は上がっているから要休息のままだな。華城もできれば一緒に休んでほしいストレス値になってんだけど」

「まだ平気」

「いや、一週間くらい休め。今サーナインも戻ってきてるし、二人で温泉でも行ってきてもいい。なんなら提携してる温泉宿こっちで手配しても……」

「夜凪さんは行ってきてもいいと思うけど、俺は大丈夫」

 

 ジトっと華之寺が華城を睨むように見る。

 冬兎が見上げると、顔を背けられてしまう。

 

「お前なぁ……最後に休んだのいつだ? 言えるか? あ?」

「え、あ……ゥッ……」

「よし、ドクター命令。お前ら一緒に温泉に行け」

「「え!?」」

「あ、でも一応華城と粘膜接触でケアするなら気をつけ……」

「しないから!」

 

 ガタ、と立ち上がってズンズンとカウンセリング室から出ていってしまう華城。

 それを見送ってから、冬兎はくらり、と体を傾ける。

 

「おっと。……覚醒直後に華城のケアは疲労クソヤバいだろ。隣の部屋のベッドでちょっと休んでおけ」

「う、あ……は、はい……」

 

 昨日のこと、華之寺は知らないのだろうか?

 いや、知っていても黙ってただ体を案じてくれているのかもしれない。

 体の疲労感が凄まじくて、横になるとドッと眠気が襲ってきた。

 

「ガイドはセンチネル系能力者と違って睡眠や休息での自己回復しかできないから、しんどいんだよな。まあ、でも……お前が華城のパートナーになってくれたらアイツも……」

「…………?」

 

 声が遠くなっていく。

 こんなに疲れていたなんて思わなかった。

 

(これが、ガイド……)

 

 自分は変わってしまったのだ。

 いや、最初からこうだったのに、目覚めることができなかった。

 両親が死んで開花するなんて、本当に――

 

(僕は親不孝者だな)

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

「夜凪! 華城と温泉行くんだって?」

「あ、えーと、は、はい……あの……」

「いいなー! って羨ましがっても仕方ないかー。夜凪もそうだけど華城もかーなーりー参ってたもんなァ。使える福利厚生は使うべきだよな! お土産は温泉まんじゅうと温泉卵でよろしく!」

「あ、あのおおおお……!」

 

 言いたいことだけ言って去っていく烏丸。

 溜息を吐き、六日分の下着と着替えを詰めたボストンバッグを抱えて地下駐車場に向かう。

 そこにいたのは猪俣息子……衣緒。

 

「やあ、ガイドに覚醒したんだって?」

「あ、え、ええと、はい、まあ……」

「じゃあそのうちボクのケアも頼もうかなー。休暇明けにお願いしてもいい?」

「え、えーと……まだ、よくわからなくて……」

「そっかぁ。そうだよねー。じゃあ、慣れるためにもボクと専属契約してくれない? ね? ね? いいでしょ?」

「い、いえ! それは、あの……華之寺先生に止められてて……」

 

 グイグイ迫ってくる衣緒の顔の前に手のひらを突きつける。

 華之寺に「ガイドとしての能力が安定するまでは、頼まれてもケアしないこと。頼まれても俺の名前を使って断れ。マッチング数値もわからん相手へのケアは体に負担が大きい」と説明された。

 なので、マッチング数値がわかっており、なおかつパーフェクトマッチの相手である華城へのケアはセーフ。

 ただし「粘液接触によるケアはキスまでにしておくように」と追加で注意をもらっている。

 粘液接触――キスやセックスのこと。

 センチネル系能力者へのケアで、もっともその精神に近づける深いケアの方法はセックス。

 他にも精神に直接干渉してケアをするやり方もあるらしいが、それはセックスケアの先――お互いに信頼関係ができあがってから可能になるやり方で、ガイドへの心身負担も凄まじいらしい。

 実際華城と皮膚接触でケアをした時は、泣きじゃくってしまったのもあるが疲労が凄まじくて丸一日眠ってしまった。

 おかげで華之寺に言われた温泉慰安旅行が、一日遅れになの今日になってしまったほどだ。

 

「あー、すでに釘刺されてたかぁ。さすがは華之寺先生だな。ちぇ、残念ー」

「あ、あはは……」

 

 先に荷物を、と言われてトランクの中にボストンバッグを置く。

 そこに槙に連れられた華城がやってきた。

 槙が開いたままのトランクに大きなキャリーバッグを二つ積み込み、無言でポイ、と車の中に華城を放り込む。

 

「え……え? 槙さん……え? か、華城さん?」

「華城先輩~、槙さんに怒られました?」

「…………」

((怒られたんだな))

 

 ぷい、と顔を背けてしまう華城。

 助手席に座りたくないので、華城の隣に座りシートベルトをつける。

 中央無都ちゅうおうむとを出てしばらくすると、装甲車専用駅が見えてきた。

 

「わあ……僕、装甲車初めてです」

「へー? そうなのー?」

「中央無都から出たことがないんです。学生時代も都から出るような行事もなかったので……」

「都から出るのは危険が多いもんねぇ」

 

 中央無都は、日本の中央にある特に大きな都の一つ。

 日本の首都として人も企業も多く集まっているのだがその分知性の低い妖怪や怪物も集まっていく。

 地方にも転々と大型都市はあり、これから行くのは温泉で観光客を集める地方都市『泉鴉郷都せんがらすきょうと』。

 そういうところは人を食わない大妖が守護を担っており、妖怪と人間が共生して栄えている。

 泉鴉郷都は鴉天狗が温泉を人間に管理させ、供物として食べ物を作らせている都市。

 問題はその地方都市までへの道筋。

 試行錯誤した人類が、最終的に選んだのは装甲車。

 一度装甲列車が主流になりかけたが、人狼族がレールを破壊して装甲列車を引き倒し、中の人間を全部攫って食ってしまった大量殺人事件が起こってしまう。

 しかも、やり方を覚えた人狼族はコミニティで情報を共有し、好き放題に食い散らかした。

 すっかり利用者もいなくなった装甲列車は廃れ、少人数しか乗れないが小回りの利く装甲車が主流となったのだ。

 装甲列車より犠牲者は激減し、現代でも通用するので地方都市へ行く際は装甲車に乗り換えて砂利道を走るのが一般的。

 

「大きいですね! 窓ガラスもない!」

「そうそう。これなら下級妖怪や怪物を容赦なく轢き殺せるんだよ。普通自動車免許で運転できるしね」

「あ……もしかしてそのために猪俣さんが……?」

「うん、まあ、それもあるんだけど」

 

 駅に到着し、装甲車を借りる衣緒。

 冬兎も華城も自動車免許を持っていない。

 しかし、他にも自動車免許を持つ人はいるのに衣緒がわざわざついてきてくれたのだろう?

 なにか理由があるかのように一旦口を閉じると、衣緒は冬兎の腰に腕を回してきた。

 

「あ、あの!?」

「冬兎さんみたいな、ボクが触れても嫌がらない人、レアなんだよね。だからガイドの研修期間が終わったら、ボクのパートナーになってほしい」

「へぁ!?」

「っ……」

 

 ふふ、と微笑まれて顔に熱が集中する。

 少し悪戯っ子そうな、綺麗な顔が見下ろしてくるのだ、顔も赤くなるだろう。

 けれど、慌てて胸を押し返す。

 

「あの、いや、その……僕……」

 

 ちらり、と華城の方を見る。

 けれど、居心地悪そうに目を逸らされてガーンとショックを受ける冬兎。

 なんとなく、パーフェクトマッチの相手ということは、ガイドとして働くのなら自然と華城のガイドになるのだと勝手に思っていた。

 

(あ、ああ、でもそうか……推奨されるだけで……相性がいいだけで……別に華城さんは僕じゃなくてもいいのか……)

 

 ボンド契約を交わしていた両親に慣れてしまっていて、ボンド契約を結んでいないガイドとセンチネルがお互いでなければならない理由は別にない、というのを失念していた。

 実際華城には、冬兎が現れる前までの時点で一番マッチング数値の高かった烏丸がパートナーとしてついていたのだ。

 烏丸には、槙というもっとマッチング数値も高く、なにより恋人という人生のパートナーがいるにも関わらず。

 冬兎も、他にマッチング数値の高いセンチネル系能力者がいれば、そういう人たちのケアもやらなければならない。

 彼らは能力を使わなくても、日々生活する中で精神が疲弊して削られてしまう。

 ガイドの存在は、人生の必須事項。

 そういう理由で衣緒もこうして冬兎に声をかけている。

 

「今すぐに答えてくれなくても大丈夫。でも、本部に帰ったらボクとのマッチング検査もしてほしい。数値が高かったら、ボクのパートナーになる話、考えておいて」

「えっと、あの……でも、その……」

「じゃ、荷物を装甲車の方に載せようかー! さあさあ、行こう行こう! せっかくの温泉だよー!」

「え、え、え?」

 

 送り迎えのためについてきたのではないのだろうか?

 頭に疑問符を浮かべながら、言われた通りに装甲車に荷物を積み替える。

 その間も絶対に顔を合わせようとしない華城。

 

「あの、マッチング数値のことって話さない方がいい、ですか?」

「あ……いや……衣緒は多分、もう夜凪さんの記憶読んで、全部知っててああ言ってると思う、から……」

「え!?」

「あいつのパーシャルとしての能力、記憶を読む能力。無断でやるよ。割と、毎回。さっき体密着してた時、読まれてると思う。手、握ってたし」

「っ……!?」

「なにも感じなかった?」

 

 そう言われても「顔が近い」「イケメンの顔が」「華城さんに変に思われそう」とか、そんなことばかり考えていて余裕がなかった。

 素直に「余裕がなかて」と言うと「まだ慣れてないものね」と優しい解釈をされてしまう。

 しかし、そう言われて「ボクが触れても嫌がらない人はレア」というセリフの意味がようやく理解できた。

 烏丸は槙との“初めて”を覗かれて、大層ご立腹だったので、つまり衣緒のケアを行うということは――

 

(この間の、華城さんにしがみついて大泣きしたのも見られたってこと……!? は、恥ずかしいー!)

 

 あれはケアの一環ということになったけれど、どちらかというと華城の蓄積していた精神疲労に共感して、自分の虚無の彼方に埋もれていた色々な感情を爆発させたに過ぎない。

 完全に彼の感情を借りて、泣いてしまった。

 そのことで彼の精神がケアされたのなら一石二鳥だと思う。

 けれど、仮にも成人男性――しかも華城よりも三つも年上なのに、あの大泣き。

 恥ずかしくないわけもなく。

 

「ほらほら、乗って乗って! 泉鴉卿都まで装甲車で半日かかるんだからさー。早く行かないと日が暮れちゃう」

「ん……」

「は、はい! 今行きます!」

 

 夜間の運転は非常に危険。

 竜血鬼の加護があるとはいえ、妖も怪物も夜行性なのだ。

 日が落ちる前に泉鴉卿都に辿り着きたかった。


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