第77話 おお……ぅ!?
快晴の土曜日。
予定通り中央高校の体育祭が始まった。
天気からすると昼ごろはかなり暑くなることが予想されるが、幸いにも美雪が参加する午後の競技は玉入れくらいだ。
それは一応頭数には入っているものの、運動音痴な美雪がまともに玉を入れられるわけがないから、適当に周りで投げているフリをするくらいしかできない。
一方で、身体能力の高い貴樹は、幾つもの競技に参加する予定になっていた。
「今年は違うクラスだからな。手加減はしないよ」
「へいへい。ま、お手柔らかに頼むわ」
開会式の前、陽太に話しかけられた貴樹は、軽い調子で返す。
しかし陽太はそれを真に受けない。
「とかなんとか言って、いつも本気じゃんか」
「そうかぁ? さっさと終わらせたいだけだって」
貴樹としてはそれが本心だった。
だらだらするよりも、早く走ってしまって休みたいだけのつもりだ。
「ホントかよー? 知ってるぜ? 二人三脚の練習、めっちゃやってたみたいじゃんか」
「…………マジか」
確かに美雪と走る二人三脚は、かなり前からふたりで練習していた。
とはいえ、最初は室内で。
ある程度合わせられるようになり、外で試しに走ってみたのはたったの1日だけだ。しかも目立たないよう夜に。
それなのに、そのことを陽太が知っているということに驚きを隠せなかった。
「ま、貴樹の場合、勝つのが目的なのか練習そのものが目的なのかまでは、僕にはわからないけどね」
含んだように口元を緩めた陽太は、言うだけ言って、「それじゃ」と、さっさと自分のクラスに戻って行った。
(ぜってー、わかって言ってるだろ。陽太のヤツ)
そもそも、昨年は陽太の作戦に嵌って、美雪とふたりで恥をかいたのだ。
今年はそうならないようにとは思うものの、それでも勝ちたいというよりは、彼女とふたりで思い出を作ることのほうに意味があった。
だから今日の本番はどんな結果になろうとも、「そんなことしたよね」と後で笑えたら、良いと思っていた。
「なに話してたの?」
そんなことを考えていると、美雪が不思議そうに首を傾げて話しかけてきた。
「ん、ああ。ただの冷やかしだよ。冷やかし」
「ふーん……。ま、イイけど」
「それは良いけどよ、久しぶりだな。その髪型」
貴樹が美雪の髪型を指差した。
朝の通学時には普段通りだった彼女は、学校に来てからだろうか、青く細いリボンでハーフサイドテールに結んでいた。
以前、中学生の頃やメイド服を着ていたときに見たことはあったけれど、学校では初めてに思えた。
「にひひ、どーよ」
そう言いながら、美雪は片手で結んだ髪をすっと漉いて見せた。
「ああ、可愛いと思うよ。よく似合ってる」
貴樹が素直に褒めると、美雪は面食らったように目を瞬かせた。
「おお……ぅ!? あ、当たり前じゃない……!」
いつものように、軽口か曖昧な返事が返ってくるとばかり思っていた美雪は、予想外の反応に戸惑いつつも頬を染める。
「にしても、なんで急に?」
そんな美雪にはお構いなしに、続けて質問を投げかけると、少し俯いて答えた。
「……だ、だってきっとお母さんが写真撮ってくれるもん。少しでもって……」
「そ、そうか……」
自分で聞いたものの、彼女の返答で理解した。
思い出として残る写真には、少しでもオシャレしたい、という意味だろう。
実際、彼女は学年で見ても可愛い。
少し地味なところがあることも、今日はリボンが補っているように思えた。
と――。
「なぁに、美雪チャンと貴樹クン。こんなところで朝からイチャイチャ? アッツイねぇー」
美雪の背後から突然現れた亜希が、太陽を仰ぎ見ながら顔をパタパタ手で扇ぐような大袈裟なジェスチャーをしてみせた。
「きゃっ! な、なによ亜希ちゃん、びっくりさせないでよ……」
急なことに驚いた美雪は体をビクッと振るわせたあと、すぐに亜希だとわかってホッとしながらも口を尖らせた。
「べっつにー? 今日も良い天気だねーってダケだヨー」
「絶対『だけ』じゃないって顔じゃないと思う……」
「あらそう? うふふ」
亜希はわざとらしく言ったあと、さっさと「じゃーねー」と言って去って行った。
さっきの陽太といい、同じような出来事に貴樹は苦い顔を浮かべた。
陽太と亜希が付き合っているのは今の変わらないだろうから、ある意味似た者同士なのだろうか。
それとも、付き合ってから似てきたのだろうか。
貴樹と美雪にとって、陽太は中学の同級生だけれども、子供の頃の亜希がどんな性格だったのかは詳しく知らないから、それがどうなのかはわからなかった。
「陽太君と亜希ちゃんってよく似てるけど、私たちって似てないよね……?」
ふと、同じことを思ったのだろうか。
美雪がポツリと溢した。
性格もだいぶ違うし、当然運動神経も正反対だ。
「たぶんな」
それは貴樹にもわかっていた。
子供のころからよく知った幼馴染だけれど、明らかに自分とは似ていない。
しかし、自分の持っていないものを彼女は持っていて。
逆に彼女が苦手なものをフォローできることが、なんとなく嬉しいと感じることもあった。
「……なんていうか、あなた達ってセットで完成形って感じなのよねー。私の感覚だけど」
いつの間にか後ろにいた玲奈が、ふたりの会話を聞いていたのか、ぼそっと聞こえるように呟いた。
慌てて振り返るけれども、玲奈はそれ以上なにも言わなかった。
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