第48話 責任……取りなさいよ
「……じー」
美雪は貴樹に腕枕をしてもらいながら、その横顔を眺めていた。
一度は乱れたメイド服も、今はちゃんと整え直していた。
ふいに片手を伸ばして彼の頬をそっと撫でると、貴樹は美雪の方に身体を向けた。
「大丈夫だったか?」
「……そんなの……私に聞く?」
「はは、聞かないとわからないこともよくあるって。……美雪って、結構我慢するところあるし」
「そっかな……? うーん……確かにそうかも……」
言われてみると、多少のことなら自分の中に閉じ込めてしまうことがあった。彼に心配をかけたくなくて。
この前の玲奈のことだってそうだ。
あれが「多少」かどうかは……という気もしたけれど。
「ああ。言ってくれた方がすっきりするよ」
「ん。わかった。……でも、今日は大丈夫。昨日はちょっと痛かったけど、今日は全然。貴樹が優しくしてくれたし……」
言っていて恥ずかしくなってきた美雪は、真っ赤になった顔で感想を溢した。
彼女が素直に言う姿が可愛くて――。
貴樹は彼女の髪を梳くと嬉しそうに目尻を下げた。
「……自分の身体なのに……そうじゃないみたいで……き、気持ちよかった……」
「良かった。……それで、実は……」
貴樹は顔を寄せて美雪にキスをした。
もう今日何度目かわからない。数えられないほどの。
でも、いくらしても飽きることなんてないとさえ思えた。
美雪は彼の意図を察して、小さく呟く。
「……良いよ。いくらでも付き合うから」
まだ不慣れな自分でもこれだけなのだから、回数を重ねるとどうなってしまうのか。
それが怖いと思う反面、期待してしまっている自分もいて。
彼の指が、さっき整えたボタンを外すのをじっと見つめていた。
◆
「おはようございます、ご主人様……」
翌朝、美雪はまだ寝ている彼の耳元に、精一杯甘い声を作って囁いた。
結局昨日はメイド服のまま、疲れて寝てしまったから、期せずしてその姿のままとなっていて。
「……むむ、起きない」
しかしその声だけでは起きなかった貴樹を見て、美雪は口を尖らせた。
(それなら……)
身体を起こした美雪は、彼にのしかかるように、がばっと勢いよく抱きついた。
「――おおっ!」
驚いて声を上げた貴樹に、勝ち誇ったように美雪は笑う。
「あっはは、やーっと起きたー。んっふふふ……」
そのまま頬擦りして幸せを噛み締める。
毎日起こしに来ていた頃から、こうやって思い切り甘えたいと思いつつも我慢していたのが、ようやく叶ったのだから。
「朝から元気だな……」
「よく寝たもん。貴樹だって元気でしょ、ココが……」
そう言って彼の下半身をちらっと見た。
「……それは」
「あはは、心配なく。もう覚えたから。――さ、起きたら宿題の続きかな」
「うわ、マジで? 今日も⁉︎」
「当たり前だよ。まだ全部終わってないんだから」
「わかったよ……」
観念したように言った貴樹だったが、上に乗っかっている美雪をガシッと抱くと、そのまま横にゴロンと転がった。
ちょうど180度回転するように。
「ふわ? え、えっと……?」
さっきまでと上下が反対になって、目をぱちぱちとさせる美雪を組み敷くように見下ろす。
「前借りしとく」
「――えええっ! ――んむっ」
上から彼女の口を塞ぐように唇を重ねると、それまで目を見開いていた美雪は、すぐにとろんとした顔に変わる。
強張っていた力も抜けて……。
「……さ、起きるか」
顔を離したあと、貴樹は彼女の頭をそっと撫でた。
しかし、美雪は彼の上着の裾をぐいっと引っ張って、ベッドから起きようとした貴樹の動きを止める。
「……に、逃がさないわよ。こんなんじゃ、勉強に集中できるわけないじゃない。責任……取りなさいよ」
美雪は拗ねたような顔をしてそう言った。
◆
「はああぁ……。朝からもだなんて……」
ベッドにうつ伏せになって、ぐでーっとした様子の美雪は、ぼそっとそう呟いた。
イブの夜、初めてのときからまだ丸二日も経っていないのに。
貴樹にキスをしてもらっただけで、我慢できなくて。
そんな自分の意志の弱さに、嬉しい反面、本当に大丈夫なのかと逆に心配にもなった。
(三大欲求とは……よく言ったものね……)
元々、本当に眠くなってくると我慢できないのは前からだ。
食欲は……飽食の時代でもあって、飢えたこと自体がないから実感が湧かない。
最後の性欲は……これまで知らなかったことだけれど、子孫を残そうとする本能がこれほど強いものだとは思ってもみなかった。
彼と触れ合って、キスをして……その先は正直頭が真っ白になって、何も考えられなくなって。
(それもこれも……)
ちらっと隣にいる彼の顔に視線を向けると、すぐに彼の手が伸びてきて、頭を撫でてくれる。
それがまた気持ちよくて……。
(貴樹のせいだよ。こんなに優しくしてくれるから……)
彼が自分のことを大切にしてくれてるのがわかるから、もっと彼と繋がりたいし、なんでもしてあげたいと思う。
(うう……でも……)
ずっとこの幸せに浸っていたいと思いながらも、それを必死に振り払った。
「……貴樹が甘やかすから、私がどんどんダメな子になっていっちゃうじゃない」
頭を撫でられつつも、横目で彼を見ると、貴樹は小さく笑う。
「はは。可愛かったよ」
「ううぅ……」
唸りながらも、それが嬉しくて。
ずりずりと、仰向けに寝転がる彼の上に乗っかって、胸に顎を突き刺した。
「うー、しゅーくだーいするよー」
上目遣いに精一杯ジトっと彼を見て、美雪は口を尖らせる。
それに対して、貴樹は少し笑って何も答えなかった。
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