第47話 やっぱ変態だー

「……今晩はどうしよっかなぁ」


 美雪は背中越しに貴樹のほうにちらっと目を向けて、思わせぶりに呟いた。


「美雪が好きなようにしたらって思うけど……」


 そう貴樹は返す。

 そもそも、美雪はこれまでもあまり自分に意見を聞かず、好きなようにこの部屋に来ていたのだから。


「むぅ、それは答えになってないよ。……貴樹はどうして欲しい?」


 美雪は改めて彼に尋ねた。

 聞かなくとも、彼ならどちらにしても受け入れてくれるだろう。ただ、それでは本心まではわからない。

 だから、できるだけ彼の希望を汲みたかった。


「俺は……もっと美雪と居たいと思うよ。飽きないし」

「ん、わかった。でも晩御飯は家族で食べるから、お風呂のあとだね」


 自分の希望と彼の想いがマッチしていることが嬉しくて、美雪からは笑みが溢れた。


 ◆


「……聞いていいか?」


 夜、彼の部屋で一緒にテレビで歌番組を見ているとき、貴樹がふいに声をかけた。

 彼に背中を預けたまま、美雪は半分振り返って首を傾げる。


「ん? ダメに決まってるじゃない」

「…………」


 いきなり拒否られて、貴樹は口を唖然とさせる。

 それを見て、美雪は大きく笑った。


「ぷっふふふっ! 嘘だって。……で、なに?」

「あのさ、この前玲奈にも聞かれたんだけどさ、美雪って中学に入った頃くらいからすげー変わったじゃん? あれって、玲奈がいなくなったから?」


 それは以前からずっと気になっていたことだった。

 ただ、美雪を傷つけてしまいそうで、聞きたかったけれど聞けなかったことでもあった。

 今なら――聞いても大丈夫じゃないかと思ったのだ。


「あー」


 美雪はバツが悪そうな顔で、頬を指で掻く。


「いくつかあって……。玲奈が……ってのはもちろんそのひとつ。あとは、まぁ……貴樹に言うのは恥ずかしいんだけど……。その……」


 答えながらだんだんと顔が赤くなっていく美雪を見て、貴樹は大体予想がついた。

 貴樹はわしゃわしゃと美雪の髪を撫でる。


「んふふ。……一番は貴樹にこうして欲しかったから……かな。やっぱ根暗な子じゃダメかなって……」


 嬉しそうにする美雪だったが、貴樹は苦笑いする。


「そりゃ、むしろ遠回りだったんじゃねーか?」

「むむむ……」


 美雪は彼の言葉に眉間に皺を寄せた。


(確かに……ちょーっとばかり口煩くしすぎたかもだけど……)


 でも、それまで彼に頼ってばかりだった自分が許せなかった。


「……貴樹に何もしてあげられないのが嫌で。頑張ったんだから、私……」


 性格もそうだが、その頃に大きく髪型も変えて、眼鏡も地味なものからすっきりしたタイプにした。

 少しでも、自分を女の子として見て欲しくて。


「そうか……」

「ま、まぁ……いいよね? 結果オーライだもん」


 この先のことはわからないけれど、今こうしているのだから――遠回りだったとしても間違いではなかったのだと思った。


「……じゃ、私からも聞くね。――私がメイド服着たの見て、最初どう思った?」


 逆に美雪もこれまで気になっていたことを尋ねた。

 こうして無事付き合えることになったから、聞いてみたくて。


「すげー可愛いと思ったよ。びっくりしたけど」

「あはは、私はすっごく恥ずかしかったけどねー」

「そりゃそうだろ。でも、結構平気そうな顔に見えたけどな」

「そんなことないって。いっぱいいっぱいだったんだから。亜希ちゃんがすごいって思ったよ」


 貴樹に見せるだけでもあれだけ恥ずかしかったのに、仕事で見知らぬ人に見られるなんて、自分にはとても耐えられそうにない。

 でも、彼に可愛いと思ってもらえたのなら、それで充分だ。


「まー、亜希のはバイトだしなぁ。仕事だって思ったらやれるんじゃないか?」

「そうかなぁ……。むしろ見せるのが好きな人が、そういうバイト選ぶんじゃないの?」

「ああ、それはあるかもな」


 どっちが先かわからないけれど、見られるのが嫌なら、そもそもそういうバイトを選ばないだろう。

 無難にコンビニや普通のカフェで働くと思った。

 もちろん、時給が良いという点はあるにしても。


「……またメイド服着て欲しい?」

「美雪が良いなら、たまには……」

「うん、良いよ。……実は今持ってきてるんだけどね」


 美雪はそう言うと、持ってきているお泊まりセットが入ったバッグをチラ見した。

 それを見て、貴樹はごくりと喉を鳴らした。


「んふふ。メイドさんを好きな貴樹が期待してそうだから、着替えてあげよう」


 よいしょと呟きながら、コタツから立ち上がった美雪は大きく伸びをした。

 そして、バッグから着替え――下着とメイド服を取り出すと、貴樹に「じゃーん」と言って見せびらかす。

 そのあと背中を向けると、パジャマのボタンを外し始めた。


「……恥ずかしいから、あんまり見ないでよね」


 そう言いながらも、脱いだパジャマをベッドに置いて、下着から順に身につけていく。

 もうメイド服を着るのも手慣れたもので、すぐに着替え終わった美雪は、「もう見てもいいよ」と声をかけた。


「どう? 可愛い?」


 照れながらも腰に手を当てたポーズを取って、美雪は貴樹に聞く。


「……ああ、やっぱすげー可愛いわ」

「ふふーん。……よかった」


 美雪はそのままさっきと同じように、貴樹の前に座ってコタツに足を入れた。


「ちょっと寒いかな」


 着替えるために一度パジャマを脱いだこともあって、身体が冷えてしまった。

 コタツと彼の温もりで、それがもう一度暖められるのが気持ちいい。


「これ、どこで買ったんだ?」


 貴樹は彼女を後ろから抱きしめながら、耳元で聞いた。


「えっと、コスプレショップで。買うのも超恥ずかしかったんだからね」

「そりゃ……そうだろうな。通販じゃないのか」

「あ……。その手があった……」


 言われてみると、勢いで街まで買いに行ったのだが、通販を使えばそんな恥ずかしい思いをしなくても済んだ。

 とはいえ、もう今更言っても仕方ないことだ。


「でも、よく似合ってる」

「やっぱ変態だー」


 振り返って笑う美雪の頭に手を遣り、貴樹は少し強引に唇を重ねる。

 息遣いはテレビの音でかき消されるが、ふたりにはお互いの心臓の音だけが聞こえていた。


「……はぁ。もう……急に積極的なんだから……」


 火照った顔で彼の顔を間近で見ながら、美雪は上目遣いで呟いた。


「ごめん、我慢できなくて」

「ん、いいよ。……私もちょっと期待してたから」


 わざわざメイド服に着替えたのは、ただ単に彼に見せたかっただけではなくて……。


 貴樹はテレビの電源を切ると、もう一度美雪と深くキスを交わす。

 何度味わっても、ぞくっとする感触が癖になるような――いや、もう癖になってしまっていて――そんな感覚に支配される。


「はぅ……」


 顔を離したあと、美雪は恍惚とした表情を浮かべて彼の顔をじっと見つめた。

 貴樹からの言葉を待っているように。


「……今日も、構わないか?」

「……バカ。そんなこと聞かないでよ。……なんのために着替えたって思ってるの?」

「はは……」


 貴樹は笑いながら立ち上がると、メイド姿の美雪を抱き抱えて、そっとベッドに寝かせる。

 そして――彼女としっかりと指を絡ませながら、三度目の口付けを交わした。

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