第45話 ん、がんばる

 「冷める前に食べて」と言われて、美雪は先に食べ始めていた。

 しばらくして、彼女の前の席に自分の皿を持って貴樹が座る。


 貴樹のオムライスはよくあるタイプの薄皮で包まれているものだった。

 しかし、破れもなくて綺麗に包まれているのは流石としか言いようがない。


「……な、なんでこんなに上手いのよ⁉︎」

「なんで、って言われてもな。こう見えて結構練習したんだよ。母さんに教えてもらって」

「そ、そうなんだ……。びっくりした。それに美味しいし……」


 美雪は素直に感想を伝えた。


「家族以外じゃ、美雪が初めてだな。俺の料理食べるのは」

「それは……嬉しいかも。特別って感じがして……」


 頬を染めて貴樹を見つめる美雪を見て、ある意味貴樹は意外な感想を持っていた。

 以前の美雪なら、「どうせ私くらいしか食べてくれる人いないでしょ」とでも言いそうなものだと思っていたのだが。

 ただ、美雪らしいかどうかはともかく、今の反応の方が可愛いのは間違いない。

 本当に嬉しそうに食べてくれる彼女を見て、練習した甲斐があったと思えた。


 食べ終わったのはほぼ同時だった。


「ごちそうさま。美味しかったぁ」


 美雪は満足そうに両手を合わせて、笑顔を見せた。


 ◆


(まだまだ……貴樹の知らないことあったのね……)


 昼食の後、貴樹が宿題を再開したのを見ながらも、美雪は自分の課題に集中できずにいた。

 先ほど、彼の知らなかった一面を見せつけられ、ただただ感嘆することしかできなかった自分。

 だんだんと、それがモヤッとしてきていた。


 よくよく考えてみれば、貴樹は運動神経もいいし、友達も多くて社交的だ。

 成績だって、自分とは比べられないけれど、そんなに悪くない……というか、全体で見ればかなり良い方だ。

 小言を言う自分にも、ふたつ返事でお願い事を聞いてくれる。

 料理だってさっきの通りだ。


 いつもぶっきらぼうに謙遜する彼が、実は意外とモテることを知っていた。

 ……紹介してと友達に言われたことが何度もあったから。


「……美雪? どうした?」


 そんな彼女の胸中など知らない貴樹は、考え込んでいた美雪が気になって声をかける。


「え……あ、ううん。なんでもないっ」

「そっか」


 いま悩んでも仕方がないと、気持ちを切り替えて美雪は課題に向かった。


 ――。

 ――――。


 しかし、どうしても気になって手が進まない。

 ちらちらと貴樹の方を見るが、彼は真面目に宿題を進めていて、声をかけるのも憚られた。


(貴樹は……好きって言ってくれたけど……)


 いつも無理やり押しかけている自分より、もっと相応しい人がいるのではと思ってしまう。

 もちろん、そんなのは絶対に嫌だけど。


 彼が手を止めたタイミングで、何度も聞こうとして――どうしても声がかけられず、その都度顔を伏せた。


(聞いても、貴樹は優しいから……)


 たぶん、自分を傷つけるようなことは絶対に言わないだろう。

 そんな彼だから――これだけ好きになったのだ。


 もやもやが収まらぬまま、時間は午後3時が近づいてきていた。


 ◆


「……休憩するか?」


 時計を見た貴樹は、ふいに声をかけた。

 どうも午後から美雪の様子がおかしいのには気づいていた。

 いつもに比べて、あまり宿題に集中できていないような。

 それでも貴樹より随分と進んではいたけれども。


「あ……うん」


 美雪は反応しつつ、途中まで解いていた問題の解答を書いてから、シャーペンを置いた。


「おまたせ。……昨日のケーキ、まだ残ってるから食べる?」

「おう。それじゃ、下で食べるか?」

「ん、いいよ」


 コタツから立ち上がった美雪は、貴樹に続いて部屋を出る。

 階段を降りて、冷蔵庫に入れさせてもらっていたケーキを準備している間に、彼が紅茶を淹れてくれていた。


「……ねぇ、貴樹って料理他にも色々できるの?」

「ん? ああ、レシピ見ながらで良ければ」

「そーなんだ。すごい……」

「そうか? 美雪なら1回やったら覚えるだろ」

「どうだろ……? 自信ない。私、不器用だし……」


 正直、料理は調理実習くらいしか経験がなくて、それも周りの上手な子に倣っていただけだった。

 レシピ本を見ながらでも、上手くできる自信はなかった。


「ほら、知ってるだろうけど、うちって親父の帰りがいつも遅いだろ? たまに母さんの手伝いしてたから。一度目の前で見せてもらったら、すぐできるって」

「うーん……」


 自信なさそうに首を傾げる美雪を見て、貴樹はひとつ提案をした。


「それじゃ、どうせ冬休みだから、今度一緒に料理作ってみるか? 簡単なのなら教えられるぜ」

「え……いいの?」


 それは美雪にとっても魅力的な提案に思えた。


「全然。勉強教えてもらってんだから、俺が教えられるもんくらい、いくらでも教えるよ」

「ん、めっちゃがんばる!」


 今は釣り合ってないのかもしれないけど、少しでも彼に相応しい彼女にならないと。愛想を尽かされる前に。

 そう思いながら、自分の作ったケーキを頬張る。

 初めて作ったケーキでもなんとかなったのだから。



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