第44話 ……すご

 貴樹が顔を洗いに部屋を出ていた間に、美雪は普段着――とはいえ、部屋着のような暖かそうなラフな格好――に着替えていた。

 とはいえ、部屋が寒いのか、もぞもぞと布団にくるまりながら聞く。


「今日はどうする?」

「全然考えてなかったよ」

「ぶーぶー」


 貴樹の返答が不満だったのか、美雪は口を尖らせた。

 そのあと、にんまりと笑う。


「それじゃさ、今日は一日冬休みの宿題ね」

「え、マジかよ。……クリスマスだぜ?」

「私は貴樹と一緒ならなんでもいいよ。でも宿題は早く終わらせておくべきだと思うなぁ」

「まぁ……そりゃ後に残すと面倒だけど」


 美雪の言っていることはわかる。

 さっさと終わらせて冬休みを気兼ねなく過ごそうと思えなくもなかった。

 ただ、せっかくのクリスマス本番でもあって、部屋でずっと宿題をするというのも味気ない。

 貴樹の考えを読み取ったのか、美雪が眉を顰めた。


「むむ、なんか不満そう? 寛大にも教えてあげるんだよ? 貴樹だけの大サービスなんだから」

「い、いや。不満ってわけじゃないけど……」

「じゃあ、決まり。全部終わったら好きにさせてあげるから」


 有無を言わさない美雪に観念して、貴樹は部屋のエアコンのスイッチを入れた。


 ◆


「ふー、そろそろ休憩する?」


 朝からコタツで向かい合って、数学の宿題で頭を悩ませたあと、時計を見た美雪はそう提案した。

 美雪が教えてくれるとはいえ、最初は自分で解かないと許してくれないこともあって、彼女との進み具合は2倍ほども違っていて。美雪はその余った時間を使って、宿題以外の勉強もこなしていた。


「おう。お菓子でも持ってくるわ」

「ん、ありがと」


 のんびりとした口調で伸びをする美雪を置いて、貴樹はキッチンへと向かった。

 そしてパイナップルジュースをコップに入れて、クッキーを持って部屋に戻る。


「おまたせ」

「おお、クッキー。気が効くね。それにジュースも」

「確か美雪が好きだって言ってたから、買っておいたんだ」


 それを聞いて、美雪は目をパチパチとしばたたかせた。


「え、貴樹に言ったことあったっけ?」

「あれ、そうだったっけ? どっかで聞いたような気がしたんだけど」

「ん……。覚えてない。けど、好きなのはそうだから、私が言ったのかなぁ……? まぁいっか」


 美雪は記憶を辿ってみたけれど、貴樹に言った記憶はない。

 とはいえ、寝ぼけている時にでも言ったのかもしれないと思って、とりあえず気にしないことにした。

 むしろ、それくらい些細なことを彼が覚えてくれていたことが嬉しかった。


「いただきまーす」


 乾燥した部屋で乾いていた喉をジュースで潤してから、クッキーを頬張る。

 貴樹に準備してもらって、朝に軽くパンを食べていたとはいえ、頭を使ったあとに甘いものが嬉しい。


「美味しいね」

「ああ。買ったもんだけどな」

「手作りを期待したりしないから大丈夫だよ」


 そもそも自分もクッキーなど作れないのだから。

 というよりも、料理がまともにできない美雪は、その点において貴樹にマウントを取ることなどできない。

 できるのは、せいぜい食パンを焼いてジャムを塗るくらいで。


「それじゃ、続きやるか」

「ん、がんばれー」


 倒さないように、ジュースを横に避けてから、貴樹は宿題の続きに向かった。


 ◆


 昼になり、昼食でも食べようと、ふたりはダイニングに降りた。

 平日ということもあって、共働きの貴樹の両親は家にいない。


「じゃ、簡単なもの作るから」


 言いながら貴樹がキッチンに入るのを、美雪はテーブルから座って眺める。

 これほどよく貴樹の家に来ているとはいえ、彼がまともに料理をするのを見るのは初めてだった。たまに朝食で目玉焼きを出してくれたりするくらいで。


 見ていると、フライパンで炒めものをしているようだが、何をやっているかは正直よくわからなかった。


(結構……手際良いじゃない……!)


 ただ、明らかに負けているのだけはわかる。

 そのうち、そのフライパンに炊飯器から出したご飯を入れているようで、ほんのりとケチャップの匂いも漂ってきた。

 そこでなんとなくチキンライスを作っているのだと理解した。


「美雪って、包まれてるやつとフワッとしてるやつ、どっちが好きなんだ?」


 急に聞かれて、美雪の頭には「?」が浮かぶ。


「どっちって言われても、なんのこと?」

「ああ、オムライスな。薄い皮に包んでるやつか、スクランブルエッグみたいな卵がトロトロのやつ」

「えっと、トロトロの方が好きだけど……そんなのできるの?」

「りょ」


 正直、美雪にはどちらも作り方などわからなかった。

 軽い調子で貴樹が聞いてきたってことが信じられなくて。

 ボウルに卵を入れて、かき混ぜるところを美雪はじっと見つめていた。


「……そろそろかな」


 火にかけていた小ぶりなフライパンから、うっすらと煙が上がるのを見た貴樹は、さっとフライパンを振って油を回す。

 そこにおもむろに卵を流し入れた。

 『ジュッ』という音を立てて固まりかけた卵を、フライパンを揺すりながら菜箸でかき混ぜて、フワッとした卵が目立ち始めた頃合いで、それを端に寄せていく。

 そして、軽くフライパンを上下させただけに美雪には見えたのだが――気づくと綺麗なオムレツ状の卵が出来上がっていた。


「――ええ……っ!」


 それが魔法のようで。

 ただ驚きの声を上げることしかできなかった。


「ほら、できたよ」


 フライパンの卵をチキンライスの上にそっと置いて、包丁で切れ目を入れると、中からトロンとした卵が溢れ出して皿を覆った。

 プロのような技を見せられて、美雪はごくりと唾を飲み込む。

 渡された皿を見ても、店で出てくるような出来栄えのオムライスが載っていて。

 

「……すご」


 今まで料理に関して自分と大差ないとばかりに思っていたのに、圧倒的な差を見せられて、ただただ呆然とするだけだった。

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