第41話 ……前借りしとくね

 モールから外に出た途端、ふたりの視界に無数の光が飛び込んできた。


「うわ、綺麗……!」


 駅から正面の真っ白の城に向けての大通りの街路樹全てに、イルミネーションが取り付けられているのが煌びやかに輝いていて。

 写真やテレビでは見ていたが、実際のこの目でこれほどのものを見たのは、ふたりとも初めてだった。


「すごいな。……とりあえず城まで歩く?」

「うん」


 貴樹が聞くと、美雪は笑顔で頷いた。

 思っていたよりもスケールが大きくて、それを眺めながらふたりはゆっくりと歩く。

 城までの道の真ん中あたりまで来たころ、美雪がぽつりと話し始めた。


「今だから言うけど……このクリスマスにこうして貴樹と手を繋いでデートしたいって前から思ってたの」

「それで予定空けとけって?」

「うん……。本当にそうなるって、びっくりだよ」


 これまでずっと長い間、それを望んでいたけれど叶わなかった。

 それが目標を定めた途端、こんなに早く実現するとは。


「最近、美雪はまた変わったよな。……前より素直になったっていうか?」

「そうかな? 自分ではわからないんだけど」


 自分では自覚はなかったけれど、彼がそう言うのならそうなんだろうか。


「そのマフラー、実は付き合う前から買ってたんだ。クリスマスに渡そうって思って」

「へぇ、それっていつくらい?」

「一緒にメイド喫茶行ったくらいかな。……それで、その……クリスマスで告白しようかなって」

「へぇええ……」


 貴樹が照れながら言った言葉に、美雪は目を丸くする。

 メイド服を着て行くようになって、気になっていたとは言っていたけれど。

 その頃からそこまで考えて準備してくれていたとは、全くもって思っていなかった。


「だから、俺も美雪とこうして来れて良かったよ。フラれたら気まずいしさ」

「あっははー。私が貴樹を振るなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないよ」


 美雪はなぜか自信満々でそう笑った。


 ◆


「綺麗だったねー」


 城まで歩いてから、もう一度駅まで折り返してイルミネーションを堪能した美雪は、満足そうに頷いた。


「お気に召したようでなりより。……それじゃ、帰るか」

「うん。ケーキ食べよっ」

「ああ」


 駅から、最寄り駅に向かう電車に乗る。

 同じくイルミネーションを見ていたのだろうか、周りにもカップルが多くいて、イブの夜だということを表していた。


「どんなケーキを作ったんだ?」

「ふふふ、それは見てのお楽しみだよ。……イチゴが乗ったチョコスポンジのケーキかな」

「見てのお楽しみじゃねーのかよ」

「つい、我慢できなくてー」


 お楽しみと言いつつも、すぐにバラしてしまった美雪は笑った。

 初めて作った時よりも、うまくできた自信作だったから。


 ◆


「じゃ、いただきます」


 貴樹の部屋で向かい合い、美雪の作ったケーキと紅茶を前にして、貴樹は両手を合わせた。

 先ほど彼女が言っていた通り、白いクリームが塗られてイチゴが乗ったケーキで、カットされた断面はチョコレート色をしていた。


(猫みたいだな……)


 そわそわしながら、自分が口に運ぶのをじっと見つめている美雪が可愛らしくて。

 わざと焦らして先に紅茶を口に含んだ。


「……早く早く」


 それが我慢できなかったのか、美雪が急かしてくるので、ようやくケーキにフォークを刺して、口に含む。

 すぐに甘いクリームと、チョコレートのスポンジのほろ苦さが口内に広がって、頬がじーんとした。


「……どう? 口に合う?」

「ああ、美味しいよ。前よりスポンジも柔らかいし、良くなってると思う」


 貴樹は正直に感想を伝えた。

 美雪もそれはわかっていて、前回はメレンゲがイマイチで少し硬くなってしまった。それが今回はちゃんとできたと自信をもって言えた。

 ただ、甘さの加減などは好みもあるから、それが一番の心配事だったのだが、それも彼の一言でほっと胸を撫で下ろす。


「よかったー。じゃ、私もいただきまーす」


 美雪も自分の分のケーキを口に運んでそれを味わう。

 この特別な日に、特別な人とふたりきりで食べているという事実も加わって、より美味しく感じた。


(幸せ……)


 それが本当に嬉しくて。

 美味しそうに食べてくれている彼の顔をじっと眺めていた。


「ごちそうさま」

「はい、お粗末さまでした」


 向かい合ってお互い頭を下げたあと、それが面白くて美雪は「ふふっ」と笑う。


「……このあと、また夜来ても良い?」


 美雪はテーブルに両肘を付いて、正面からじっと彼の顔を見つめる。

 もともと貴樹もそのつもりだった。

 明日から冬休みだし、クリスマスイブの夜を美雪ともっと過ごしたいと思っていたから。


「いいぜ。風呂は家で入るか?」

「うん。シャンプーとか違うもんね」

「なら俺も風呂入ってくるから、適当に来いよ」


 そう言って立ち上がった貴樹に、美雪が声をかけた。


「わかった。……でもその前に」


 貴樹に続いてすぐに美雪も立ち上がって、彼の手を取って軽く引っ張った。


「どうした?」

「……前借りしとくね」


 彼が聞くと、美雪はそう答えて――少し強引にぐいっと彼と唇を重ねた。少し背伸びをして。


「ん……」


 美雪はふいに彼の両唇の間から自らの舌を滑り込ませると、貴樹の歯に触れた。


(……!)


 貴樹は初めての感触に驚いて、間近にある美雪の顔を見たけれど、恥ずかしそうに目を閉じたまま。


 そして――。

 貴樹も力を抜いて、受け入れるように、遠慮がちに舌を絡ませた。


 一瞬、美雪はぴくっと身体を震わせる。

 さっき食べたケーキの甘さも残っているのか、伝わってきた甘い味に、背筋がぞくっとして……。


 美雪は無意識に彼の背中に手を回して、強く抱きしめる。

 これまで時間がかかった分、これからずっと離さないという想いも込めて。


 どれほどの時間が経ったのか。

 ゆっくり顔を離したとき、美雪の顔は頭まで真っ赤に染まっていた。

 そして、惚けたような声で小さく呟く。


「……あ……あ、頭が……溶けちゃいそう……」


 抱き合ったままで、彼の顔を焦点の定まらないような目で見つめる。

 しかし、すぐにまた彼の顔が大きくなって……。


 もう一度、夢中で彼を感じようと、それだけしか考えられなくなって……。

 時間が経つのも忘れて、抱き合い続ける。


「んぅ……っ」


 まだ拙いキスだけでこれほどなのに、この先を知ったらどうなってしまうのか。

 不安は尽きないが、それでも期待してしまっている自分がいた。


「……じゃ、じゃあ……私、一回戻る……ね」

「ああ……また後で」

「うん……」


 ゆっくり身体を離したあと、美雪は自分に言い聞かせるように呟いて、部屋を出て行く。

 正直、そのまま彼に身体を許してしまいたい衝動に駆られたが、それをなんとか理性で留めた。

 でももう我慢できないだろうと確信する。


 美雪が出て行ったあと、貴樹はすとんとベッドサイドに腰掛けて、呆然としていた。

 伝わってきた彼女の感触がまだ口に残っていて。


(ヤバいわ、これ……)


 あたかも頭の中を直接舐められ、かき回されているような感触にぞくぞくした。

 これ以上続けたら、理性なんてどこかに置いてきてしまいそうで。


 そのことが怖いと思った。

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