第31話 ただいまー

「あ、そーだ。期末の順位、出てたよー? ま、美雪ちゃんの結果はいつもと変わらなかったけどねー」


 亜希は美雪を揶揄からかうのに満足したのか、金曜日に張り出された順位表の話に変えた。


「もう出てたの。へぇ……」

「ほとんど満点って、どんな頭してるのかいつも不思議だよー」


 そう言いながら、美雪の頭をぺたぺたと触る。


「真面目に勉強してるだけだって。……まだ時間あるし、見に行ってくるね」

「いってらっしゃーい」


 美雪は席を立つと、ちらっと貴樹のほうを見た。

 彼と目が合ったのを確認してから、ちょいとウィンクをする。


 『着いてきてよ』という意図だったが、貴樹は「しゃーねーな」という表情をしつつも、立ち上がった。


「うん、偉い偉い」


 廊下を歩きながら、美雪は満足げに話しかける。


「へいへい。どこまでもお供させていただきますよ」

「貴樹はもう見てるんだよね? どうだった?」

「俺は34番。前よりはちょっと良かったかな」

「へぇ……。少しは成果出たかな? 私のおかげだね」


 勉強に関しては明らかに上から目線だけれども、事実圧倒的な差があるから、貴樹も気にならなかった。

 そもそも自分の成績が維持できているのも、それだけ彼女が世話を焼いてくれているおかげだ。


「ま、あれだけやったらな、少しはよくならないと」

「だねー」


 ふたりは順位表の前に立ち止まる。

 貼り出されたのが金曜日だからか、見ている生徒は他にいなかった。


「ふぅん……。ま、こんなところね。えっと、亜希は……と。……あれ? 玲奈が……」


 美雪は順位表に載っている玲奈の名前を呟く。


「ああ、いつの間に受けてたんだろうな」

「5番……。びっくり。亜希より上なんだ」

「前から頭もよかったからな」

「そうだね……」


 美雪は一度顔を伏せかけて……もう一度顔を上げて彼の顔を見た。


「――じゃ、戻ろっか」

「おう」


 玲奈の名前を見て沈みかけた気持ちだったが、それを振り払う。

 昔のことに囚われるよりも、これからのことを考えよう。

 それにきっと――何があっても彼が助けてくれるから。


 そんな美雪の様子を、貴樹はじっと見つめていた。


 ◆


 そんなふたりを、遠く離れたところから見ている人影があった。

 周りとは少し違う制服の少女、玲奈だった。


「私は……どうしたら良いんだろう……」


 休んでいると噂に聞いたときは心配したが、元気そうな美雪の表情を見て、少し安堵する。


 しかし、話しかけたいと思っていながらも、自分から話しかける勇気はなかった。

 ――わざわざ彼女がいるこの高校を選んで転入してきたというのに。


 一度小さくため息をついて、自分の教室に戻りながら、玲奈はひたすら悩み続けた。


 ◆


 昼休み。

 いつものように貴樹は陽太と学食に来ていた。

 美雪は普段と同じで、母親の作った弁当を持ってきて、クラスの女子達と教室で食べているはずだ。


「――でさ、昨日たまたまモールに行ってたんだよね」

「なんでそんなにめざといんだよ、陽太は……」


 亜希と同じく、美雪と一緒にいるところの写真を陽太に見せられて、貴樹は呆れて言った。


「はは、たまたまだって。たまたま」

「陽太の場合、そう思えないんだよなぁ」

「まぁ良いじゃん」

「そりゃ……別に知られても良いけどよ」


 どうせ遅かれ早かれ、陽太に知られるのは避けられない。

 なら早いほうがいいとも言えた。


「先週清水さん休んでたけど、もう大丈夫なの?」

「ああ、それはもう大丈夫だと思うけど……」


 そこでふと貴樹は思いつく。

 陽太のネットワークならあるいは、と。


「そうだ、陽太に頼みたいことがあるんだけど……聞いてくれるか?」


 ◆


 放課後、ふたりは並んで歩きながら美雪が溢した。


「はー、あっという間にみんなにバレバレなんだけど……」

「本当にな」


 幸い、みんなから祝福されたことはまだ良かったと言えるだろう。


「そだ、帰ったら宿題一緒にする? そのほうが早いよ」

「俺はどっちでもいいけど……」

「むむ。私と一緒にやりたくないっての? それとも何か用事でもあった?」


 彼の返答に、美雪は頬をぷくーっと膨らませる。


「あ、いや。そういうワケじゃ……」

「ならいいよね。決まりっ!」

「お、おう……」


 問答無用で予定を決められてしまって、貴樹は頭を掻いた。

 確かに、その場で間違いチェックまでされたほうが、早く済むのは間違いないのだが……。


 いずれにしても、学校での美雪はいつもとさほど変わりないことにほっとする。


 結局、美雪は自宅に戻らずに制服姿のままで、貴樹の部屋に来た。

 彼女曰く「別に持ってくるものないし、手間なだけ」らしい。


「ただいまー」

「……それ俺のセリフ」

「あはは、まぁまぁ。……ほとんど私の部屋みたいなものだし?」

「美雪の昼寝部屋、な」


 貴樹の指摘に美雪はベッドに腰掛けながら言った。


「ぶー、昼寝だけじゃなくて、朝寝も夜寝もするもん。――さ、見ててあげるから、とりあえず早く宿題終わらせてよ」

「見ててやる、って……自分の分は?」


 貴樹が聞き返すが、その前に美雪はもぞもぞと布団に潜り込んでいた。


「そんなの学校でとっくに済ませてるよ? ――ここからサボらないか見てるからねー」


 美雪は頭だけ布団から出して白い歯を見せた。

 貴樹は、さっき美雪が『一緒にする』って言ってたような……と思ったが、あえて何も言わなかった。

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