第28話 あっははー! もう遅いよ。

 翌朝、日曜日ということもあって、アラームに邪魔されることなく、美雪は目を覚ました。

 とはいえ、いつもは休みでもそんなに遅く起きたりはしない。

 ただ、今日はこれまでの睡眠不足があったから、いつもよりゆっくりとした朝だった。


「……んー?」


 眼鏡がなくて時計も見えない。

 どこに眼鏡があるのかもわからない。自分でどこかに置いた記憶もなかった。

 ただ、すぐ目の前に貴樹の顔が見えたから、他のことはどうでも良かった。


(昨日の……夢じゃないよね……?)


 現実のことだと確認するように、美雪は彼の肩に頭を擦り付けた。

 それに気づいたのか、「う……ん……」と小さな声で貴樹が身じろぎした。

 しばらくもぞもぞとしていたが、やがてゆっくりと目を開ける。


 先に美雪が起きていたのに気づいて、少し笑みを浮かべて声を出した。


「……おはよう、美雪。寝れた?」

「おはよう。うん、すっごくよく寝たよ」


 そう答えた美雪の顔は、普段と同じで元気そうに見えた。


「そりゃ良かったよ。……もう起きる?」

「んー、もうちょい待って」


 せっかくこうして温かい布団で貴樹とくっ付いていられるのだ。

 もう少し堪能したかったのが本音だった。


 美雪は少し体を動かしてぐいっと彼に抱きつくと、そのまま耳元で聞いた。


「今日どうする? 日曜だけど」

「特に予定はなかったけど。……美雪が元気なら……デートでもするか?」

「うん、良いよ。どんなプランがある?」

「え、まだ何も考えてないけど……」

「むむむ。彼氏たるもの、ちゃんとエスコートしてよね」

「わりぃな」


 美雪はそう言って口を尖らせたものの、顔は柔らかく微笑んでいた。

 別にどんなプランでも構わなかった。

 貴樹とふたりで出かけられるなら、今ならどこに行っても楽しいと思えるだろうから。


 ただ、それが夢のようでもあり、改めて彼に確認する。


「……私たち、本当に付き合ってるんだよね?」

「え、今更?」

「うん。まだ夢みたいで。……確認させてよ」

「どうやっ……ん……」


 美雪は貴樹の言葉を遮るように、仰向けになっている彼の上から、その口を塞いだ。

 彼女の柔らかい唇の感触が貴樹にも伝わる。

 貴樹は、目を閉じている美雪の背中に腕を回してしっかりと抱き寄せると、「ん……」と小さく鼻から声を漏らす。


 どれだけの時間が経ったかわからない。

 美雪が満足したのか、ゆっくりと唇を離して、間近で彼の顔を見て微笑む。そして、もう一度彼の頬にキスをしてから、貴樹の胸に顔を埋めた。


「ふふ……夢じゃなかったよ。……そろそろ起きよっか?」

「……ああ」


 彼の返答を待ってから美雪は体を起こして、大きく伸びをした。


 正直、貴樹もこれ以上同じベッドにいたら理性が持たない気がして、ある意味ホッとした。

 もちろん、いずれはと思うけれど、それは美雪が心身ともに万全になってからだ。


 美雪に続いて貴樹も起き上がる。


「さ、出かける前に宿題をチェックしておかないとね」

「え……マジ?」

「当然でしょ。それとこれは別。勉強は遊ぶ前に終わらせるものなんだから」


 不敵な笑みを浮かべた美雪は、しかしこう続けた。


「――早く終わらせて遊びに行こうよ!」


 ◆


 午前中、宿題を細かくチェックされたあと、ふたりはランチを食べにバーガー店に来ていた。

 普段行くチェーン店よりも、少し高級な店だ。


「なんで授業休んでて、習ってないところまで完璧にわかってんだよ?」

「えー、そんなの当然だよ。私、1年の範囲はもう全部終わらせてるんだから」


 軽く言う美雪に、貴樹は自分がどんなに頑張っても敵わないことを悟る。


「マジか……。じゃ、授業出る必要無いってか?」

「5教科はね。補助科目はそうじゃないから、学校には行くよ」

「……それでも凄いよ」


 何気なく呟いた彼の言葉に、美雪は顔をほころばせた。


「……私ね、今だから言うけど……成績なんて本当はどうでも良いの。ただ、貴樹に何かひとつでも『凄い』って思ってもらいたかっただけ。だって、私ができるのは勉強くらいしかないんだもん」


 彼から必要としてもらいたくて、自分がしてあげられることをただ精一杯やってきただけだった。

 美雪にとって、そのひとつが勉強だった。

 朝起こしにいっていたのも、そう。

 不器用すぎて、素直に想いを伝えられなかったけれど。


「そんなことないと思うけど。でも、俺はずっと美雪のこと、凄いって思ってたよ。……口は悪いけど」

「ふぐぅ……! そ、それは貴樹が鈍感なだけよっ!」


 こうもハッキリと、そう思われていたことを伝えられると、分かってはいてもグサッとくるものがあった。


「――でも、俺はズバッと言ってくれるほうが、美雪らしくて好きだけどな」

「そ、そう……? もしかして、貴樹ってMなの?」


 「好き」と言われて、美雪は照れながらも聞き返す。


「そんなことない……とは思うけど。ただ、いつも通りで良いと思うってだけ」

「うん……。――じゃ、これからも遠慮せずにズバズバ指摘してあげるから、覚悟しておいてね」

「え、いや……。ちょっと待って。ほどほどで頼む」

「あっははー! もう遅いよ。ちゃーんと私の中にインプットされたんだから」

「マジかよ……」


 けらけらと笑う美雪の笑顔が眩しく見えた。

 昨日あれほど沈んでいた彼女と同一人物にはとても思えない。


 これほど元気を取り戻してくれたことに嬉しく思うし、これからもその笑顔を支えてあげたいと、貴樹は改めて誓った。

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