第三話 義村浦上治罰を決意す
「気に入らぬ」
義村は不機嫌に言った。
「
志水孫左衛門が返事をすると、義村は更に不機嫌になった。
「それだけではないわ! 聞けば余が政務を執り始めてからというもの、
「
衣笠左京が付け加えると、義村は更に忌々しげに言った。
「余に成り代わり国守にでもなったつもりか!」
この時代、土地の支配関係は、財産権に基づいて恒常的に保護される当然の権利ではなかった。守護家当主が代替わりするたびごとに権利関係を再確認してもらうのが一般的な在り方だったのであり、赤松分国内の寺社本所領は、義村執政が本格始動しはじめた永正十四年(一五一七)ころからこぞって義村に安堵状の発給を求めている。同時に備前国境に近い
「これは由々しき問題ですぞ」
大仰にそう言ったのは
鵤荘は、その名が示すとおり古くは
「かくなる上は浦上掃部助殿を直接譴責するよりほかござらん」
寺社本所各位に働きかけて安堵状の発給元を赤松に一本化するよりも、浦上家に命じ、その主体的意思で発給を断らせる形をとった方が確かに合理的だ。義村はさっそく
急遽呼び出されて出仕した浦上村宗。浦上家は、赤松宿老にして備前守護代の重職を累代になう家柄であったが、当代村宗に限っていえば年齢は当主義村より四つも若い二十一歳の青年武将であった。
義村は今の年齢に達するまで義母洞松院の後見を受けてきたというのに、自分よりも年下の村宗が既に一本立ちしていたというのがそもそも気に入らなかったものだから、村宗が糾す口調は自ずと厳しいものとなった。
「安堵状発給の件について問う。主家を超えてなにゆえそのような挙に及んだか」
「……は?」
如何にも心外といった表情を隠さない村宗。軽く咳払いをしてから、上座の義村に対し
「これは御屋形様、異なことを仰せです。そもそも寺社本所領が当家に安堵状を求めたのは、当家がこれを強制したものでもなんでもございませぬ。人々が各自の判断に基づいて参じたものであり……」
そう反論を開始するや、志水、衣笠、櫛橋の三奉行が口々に
「異なこととはなんぞ」
「黙らっしゃい」
「理屈をこねるでない」
などと罵ったものだから、村宗の反論も途切れがちとなった。
「なるほど飽くまで諸人が求めたから発給した。浦上の意思ではなかった。そう申すのだな? 村宗」
念を押す義村。
「御意」
「では重ねて問う。寺社本所領が無分別にも浦上に安堵状を求めに参じたというのであれば、いったん預かりとしたうえで、これを発給すべきか否か、余に伺いを立てるのがものの道理であろう。いま問うているのはその懈怠である。なぜそうせなんだか」
「仰せのとおりでございます。以後はそのように……」
村宗は義村の命令に従う意思を明示して、嫌がらせにも等しいこの問答をさっさと打ち切ろうとしたが
「待たれい。いま問うているのは先々の話ではござらん。これまで発給した浦上の安堵状はいかがなさるおつもりじゃ。問題はそこでござるぞ」
ただでは帰さんとでも言いたげに志水孫左衛門が糾問した。
「既に発給した安堵状はそのまま認めていただきとうございます。一度与えたものをなかったことにすれば当家の面目が立ちませぬ」
いまにも泣き出しそうな表情で懇願する村宗。しかし義村は
「知ったことか! そもそも余に伺いもなく独断で発給した安堵状が誤りだったのではないのか」
と一蹴した。
村宗は、先代
それどころかかえって
「ではその先代とやらのやりようが間違いだったのではないのか」
赤松中興に勲功のあった先代則宗を愚弄されるに及び、村宗の堪忍袋の緒が遂に切れた。
「もう知らんッ! 好きになされませ!」
主君との会談の席を蹴って以降、村宗は置塩館への出仕を怠るようになり、自邸を引き払って備前に逼塞した。
「しばしのお別れでございます
浦上討伐に先立ち、若公御座所に参じた義村に対して亀王丸は
「領内に巣くう賊徒を打ち倒し、みごと武勲を挙げてみせよ」
義村にかつて教わった型どおりの文言で、彼を戦場へと送り出したのであった。
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