第二話 義村松ばやしにて亀王丸を歓待す
忠臣の慈愛にあふれる稽古とはいえ、六歳の幼児にとって厳しいことに変わりはない。稽古を終えてくたびれ果てた亀王丸の鼻をくすぐるのは、えも言われぬかぐわしさ。稽古のあと、何やら馳走するところがあると義村は言ったがこのことか。
夕餉ばかりではない。
普段は難しい顔をしながら番役をこなしているこの若侍も、呼んでも聞こえないほど遠いところから三つ指ついて伏している姿しか見たことがないあの女中も、みな美しく着飾って、誰も彼も愉しげに笑みを含みながら館を往来しているではないか。
宴席に誘われる亀王丸。大広間の襖が開けられると同時に
「うわぁ!」
思わずこぼれる感嘆。そして笑顔。
亀王丸の目に飛び込んできたのは色とりどりの膳であった。
それだけではない。
「そぉーれい」
亀王丸の着座と同時にお囃子の第一声をあげた者がいる。誰かと思えば義村である。
続いて笛の音と鼓鉦。これに合わせて諸人が踊り始めた。よほど修練を重ねたのか、みな足の運びに乱れがない。人々の躍動に合わせて舞台上に綺羅が舞う。
家運の繁栄を
「いよーっ、そぉーれい」
ときおり入る義村の相の手。
豪奢を極めた膳の数々と着飾った人々の踊り。これらは亀王丸にとって、漁夫が
「すごい、すごいぞ義村!」
初めて見る
「お目汚しでございました」
一曲舞い終えて参じた義村に、興奮冷めやらぬ亀王丸が訊ねた。
「義村、なんだこれは」
「遠く康安のころ(康安二年、一三六二)、播磨に出迎えた幼きころの鹿苑院殿をお慰めするために、時の則祐が披露した赤松家家伝の風流踊り『松ばやし』でございます」
それまで目を輝かせるばかりだった亀王丸が、にわかに視線を落とした。
「いかがなされた若公様。ご気分が優れぬか」
「……義村はすごいな」
「すごい……?」
亀王丸は寂しげに言った。
「私は将棋も剣術も義村にとても及ばない。それだけではなくこんな見事な風流踊りまで見せられて……。
なぁ義村。大人の侍は皆こうなのか? 私は本当にそなた達のような立派な諸侍の棟梁になることができるだろうか? 私にその資格はあるのだろうか? 教えてくれ義村!」
「わはははは、これはなんたるお心得違い。うわは、うわは、うわははは!」
突如大笑しはじめた義村に、思わず怪訝な表情を浮かべる亀王丸。
「心得違い?」
「左様、お心得違いでござる。
よろしいか。末は公方様にも昇らねばならぬ若公様。将棋で申せば王でございます。さいぜん申し上げたとおり、王は全軍を見渡す立場。必ずしも剣術に優れている必要はござらん。剣はものの道理を知らぬ
然るに若公様の仰せようは、まるで一人で何もかもできなければ公方は勤まらぬとでも言いたげではございませぬか。
公方様は、いま若公様がそこにいらっしゃるように御着座あられて、合戦に接しては
蛮勇を振るうも風流の手慰みも、そんなものは匹夫に任せておれば良いのです。若公様はただそこにどんとあらせられよ。それこそが王の心得というものにござる」
「なるほど義村よぅく分かった。諸人の足の運びは見事であった。
「そうそう、その調子でございます」
「ぷふっ」
「ふふふ」
大げさな物言いが我ながら可笑しかったのか、思わず吹き出す亀王丸。つられて笑う義村。若公から下された盃を飲み干して義村は言った。
「来年になれば、いよいよそれがしが赤松の政務を執り行うことになります。この手で必ずや若公様を
ここ播磨置塩から京都まではそう遠くない。領国に巣くう獅子身中の虫さえ除くことができれば上洛それ自体はいと易いことであった。
そう、国守然として振る舞う憎いあいつさえ除くことが出来れば……。
義村の視線がときおり亀王丸から外れる。その向けられた先が、宴席の片隅でちびりちびりと盃を重ねる
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