番外編 看病回 3
(熱い……)
気がついた時、真っ先に思ったのがそれだった。それに頭も痛いし、体中が汗でびっしょりになっている。
それから周りを見て、自分の部屋のベッドで寝ていることに気づく。着替えずに寝たみたいで、服装は、朝ごはんの用意をしてた時と同じもの。
近くに置いてある時計を見ると、時刻はもうお昼近くになっていた。
(あれ? 私、どうしたんだっけ)
熱が出たところまでは覚えてるけど、それからどうやってこの部屋に戻ってきたかは、全然記憶にない。
もうちょっと思い出そうとして、ユウくんの顔がキスされるんじゃないかってくらい近くに迫った光景が、頭の中に蘇ってきた。
「~~~~~~っ!」
思い出しただけでも、やっぱり恥ずかしい。
声にならない声を上げながら、ベッドの上を転がる。それどころか、勢い余ってベッドから転がり落ちてしまった。
「痛っ!」
ただでさえ風邪で体調が悪いのに、痛い思いまでするなんて。
自分のマヌケさに呆れていると、押し入れの中からユウくんの声がした。
私のあげた声と、ベッドから落ちた音に気づいたみたい。
「藍、目が覚めたのか? そっち行ってもいいか?」
「うん。いいよ」
返事をすると、押し入れの扉を突き抜けて、ユウくんが姿を現した。
心配そうな顔で私を見たけど、それから少しだけ、表情が和らぐ。
「少しはマシになったみたいだな」
言われてみれば、確かに今朝と比べたら、今は少し楽になってるかも。
さっきまでは熱のこもった布団の中に入ってたけど、こうして抜け出したら、頭もある程度スッキリしてきたような気がする。
「そうかも。汗をかいたのが良かったのかな?」
「けど倒れるくらい酷かったなら、もっと早くに安静にしといた方がよかったかもな。何かあったら大変たからな」
「うん。ごめんね、心配かけて」
思わず謝るけど、ちょっとだけ思う。
倒れたのって、ユウくんがあんな風におでこ当てて来たのも原因なんじゃないかな。
「そういえば、私、どうやってこの部屋まで戻ってきたんだっけ?」
さっき不思議に思ったことを、ユウくんに聞いてみる。
頭がスッキリした今でも、その辺のことは全然思い出せてないんだよね。
すると、ユウくんは意外なことを言い出した。
「ごめん。それなんだけど、勝手に藍の体に取り憑かせてもらったんだ」
「取り付いたって、なんで?」
「藍が倒れて、このままにしちゃいけないって思った。だけど、俺じゃ藍を部屋まで抱えて運ぶ事はできないから、一度取り憑いて、そのままこの部屋まで来たんだ」
それを聞いて、記憶がないことにようやく納得がいった。
気を失ってる間に体を動かしてたんだから、覚えてなくて当然だ。
「許可も取らずに勝手に取り憑いたりし、てごめんな」
「ううん、そんな事ないよ。ありがとう」
私を助けるためにやってくれたんだし、何よりユウくんなら、私が嫌がるようなことは絶対にしないってかっている。だから、取り憑かれたって平気だもん。
「着替える訳にもいかないから、服はそのままで、シワになっちゃったけど」
「そ、それは、仕方ないから……」
もしも着替えなんてことになってたら、恥ずかしすぎてもう一度倒れちゃうよ!
けどユウくんの言う通り、今の服はとてもそのまま布団に入るようなものじゃないし、すっかりしわくちゃになっていた。
おまけに、寝てる間に汗をかいていたせいで、肌に張り付いている。
「えっと……着替えたいから、少しの間出てもらっていい?」
「ああ」
なるべく今の格好を見られないよう、布団にくるまりながら言うと、ユウくんはすぐに部屋から出ていってくれた。
その間に素早く着替えると、ベッドのすぐそばに、体温計にコップに水の入ったペットボトル。それに風邪薬が置いてあることに気づく。
「これ、ユウくんが用意してくれたの?」
再びユウくんを部屋に入れて、聞いてみる。
「ああ。必要になるかなって思って、取り憑いた時ついでにな」
ユウくんが私に取り憑いた時は五感を共有してるから、きっと体のだるさや頭の痛みも伝わったはず。
そんな状態で、わざわざ何が必要か考えて用意してくれたんだ。
「ありがとね。おかげですごく助かったよ」
体温を測ったら思ったほど熱はなくて、それから水や薬を飲んだら、一気に体が楽になる。
この調子なら、病院に行かなくても大丈夫そう。
ユウくんも、そんな私の様子を見て、ホッとしたように息をつく。それから、思い出したようにこんなことを言い出した。
「そう言えば、前にもこんな風に熱だして寝込んだ事があったよな」
「そうだっけ?」
いつの話だろう?
風邪をひいたことなんて今までにも何度かあるけど、ユウくんがその中のどれを言っているのかわからない。
「覚えてないか? 確か去年の……いや、藍にとっては、もう何年も前の話か」
そういえば、ユウくんは六年前に亡くなったあと、この前急に幽霊になってこの世に現れたから、その間の記憶や思い出って何もないんだよね。
まるで、タイムスリップしたみたい。
そのユウくんが去年って言ってるってことは、私がまだ小学生の頃の話だよね。
「…………あっ!」
「思い出したか?」
昔の記憶を呼び起こして、ようやく、ユウくんがいつのことを言っていたのか思い出す。
確かに、私が今日みたいに熱を出して、それをユウくんが心配してたことがあった。
けど、ちょっと待って。
「あ、あのさ。それって、私が日曜日に風邪をひいたんだよね?」
「ああ、そうだよ」
「……確かその前に、私がユウくんに、一日中遊んでってお願いしてたよね?」
「そうそう」
ユウくんはにこやかに笑いながら、私の言葉に頷いていく。
けど私は、その度にいたたまれない気持ちになっていった。
だって、だってその時って……
「わ、私が……風邪ひいてるのに、遊んでくれなきゃ嫌だって散々駄々をこねてた、あの時?」
「ああ。すっかり思い出したみたいだな」
「────っ!!!!」
その瞬間、思わずベッドにある掛け布団を頭から被って、顔を覆う。頭がクラクラして、せっかく下がったはずの熱が、また一気に上がったような気がした。
それから、少しだけ布団から顔を出して、消えそうな声で呟く。
「ご……ごめん。迷惑だったよね」
あの日ユウくんは、約束通りうちに来たんだけど、私が風邪を引いてるって知って、ちょっとお見舞いしただけで帰ろうとしたの。
けどね。ユウくんと遊ぶのを楽しみにしてた私は、しがみついて帰らないでって言ったの。
お父さんやお母さんに叱られて、一緒に遊ぶのは諦めたんだけど、それならせめて眠るまでそばにいてって、駄々をこねたんだよね。
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