第46話 エピローグ 前編

 箒で地面を掃いていると、 ジリジリとした太陽の光が容赦なく照り付けてくる。

 季節はもうすっかり夏になっていた。


 刈り取っていた草を全部集めて、ゴミ袋に入れる。

 梅雨の間にたっぷりと水を吸ってだいぶ伸びていたけど、これでようやくすっきりした。


 ひと仕事を終えて見つめる先には、一つのお墓がある。

 ここは、私の家の近所にある、お寺の中の墓地。

 そして、目の前にあるこのお墓は、ユウくんのものだった。


「終わったか?」


 いつの間にか、三島がそばに寄ってきて言う。

 このお寺は三島の家でもあって、さっきまで使っていた掃除用具も、彼が貸してくれたものだ。


「ありがとう。おかげで綺麗になった」


 三島や家族の人たちだって、墓地の掃除はしているんだけど、ユウくんの家族は、誰もここにやってこない。

 だから、放っておくと他のお墓と比べて、どうしても汚れが目立ってしまう。

 梅雨明けの今だと、特にそう。


 この時期にユウくんのお墓を掃除するのは、私にとって毎年恒例のことになっていた。


 次に墓石を磨き始めたところで、三島が言う。


「でもよ、何もここまですること無いんじゃないか?」

「なんで? 綺麗になっていいじゃない」

「だけどよ……」


 どうしてそんなこと言うんだろう。

 首をかしげていると、三島はさらに言ってくる。


「それって、先輩のためにやってるんだよな?」

「うーん。私がしたいからって言うのが大きいと思うけど」

「それにしたって、やっぱり先輩のためだろ」

「そうなるのかな?」


 私は、本当にただやりたいと思ってやっているだけだし、ユウくんのためなんて言ったら、何だか恩着せがましいような気がするんだけどな。


 だけど三島は、まだ何か納得いってないみたい。

 そして、私の隣を指差して言う。


「先輩、そこにいるよな」


 三島の指差した先には、透き通った体をしたユウくんの姿があった。


「本人がそこにいるってことは、この墓はカラッポだろ」


 まあ、そうなんだけどね。


 ユウくんが幽霊になってこの世に現れてから数ヶ月。

 それ以来、ずっと変わらず幽霊のままで、今も私たちのそばにいる。


「俺も、無理に掃除してくれなくてもいいって言ったんだけどな。自分の墓だし、俺が掃除できたらよかったのに」

「いや、それもなんかおかしい。幽霊が自分の墓の掃除なんてしてたら、うちの寺の管理に問題があるみたいじゃねえか」


 確かにそれは、お寺からしたら微妙かも。


 なんて思いながら、とりあえず墓石を磨き終える。


「だって、ずっと続けてきたんだもん。今更やめようって気にはならないよ」

「ずっとやってくれてたんだ。ありがとう」


 ユウくんがにっこり笑ってお礼を言うもんだから、とたんに顔が火照ってくる。


 この数ヶ月、ユウくんとはずっと一緒にいるのに、今もこんな風にドキドキすることがたくさんある。


 私の初恋は、まだまだ終わることなく続いている。


「なかなか成仏しねえな」


 三島がそう言いながら、自分のお墓の前に立つユウくんを見る。

 ちなみに、今のユウくんの服装は、最初幽霊になって現れた時と違って、夏服になっている。


 幽霊の格好ってのは、本人のイメージによって作られ、その場に一番合ってると思う姿に変化していく。


 そう三島が言ってたけど、その結果が、今の季節に合わせた夏服なんだろうね。

 なんだか成仏するどころか、ますますこの世に順応していってるような気がするよ。


「てっきり、あの時消えると思ったんだけどな」


 それを聞いて、あの日の事を思い出す。

 ユウくんが、ユウくんの体が、次第に薄くぼやけて言ったあの日を。


 きっと、ユウくんはこのまま成仏しちゃう。

 そう思って、悲しくなって、涙した。


 だけど結局ユウくんは消えることなく、今もこうしてこの世にいる。


 その場にいたみんな、てっきり成仏するんだって思ってたから、ユウくんがいつまでたっても消えないのを見て、あれ?って思ったんだよね。


 三島なんて、「消えねーのかよ!」って大声で叫んでたっけ。


 だけど、少しだけ変わったところもあった。

 ユウくんの体を見ると、透き通っていて、向こう側にある景色が見える。

 それ自体は元々なんだけど、あの一件以来、それまでよりも透明度が増していた。


「未練が一つ消えたんだ。成仏するのに、一歩近づきはしたんだろうな」


 三島がそう言っていて、なら近いうちに、本当に成仏するのかもっても思った。

 だけどあれ以来、ちっともそんな気配ない。


「いったい、俺はどうやったら成仏するんだろうな?」


 ユウくんが、自分の体を見て言うけど、それは誰にもわからなかった。


「もしかして、他にも未練があったりしねーか?」

「そりゃ、無いわけじゃ無い。けど細かいところまで挙げていったらきりが無いって、何度もいってるだろ」

「だよな」


 こんな二人やり取りも、実はこの数カ月の間に何度かあった。

 だけどどれだけ話し合っても答えは出なくて、最後はいつも、私がこう言って終わらせる。


「まあ、ゆっくり探せばいいじゃない」


 だから今回もまた、この話はこれでおしまい。


「まったく。こうも堂々と居座られると、幽霊でいるのが悪いことってのに自信が持てなくなってくる」


 三島がそう言うけど、私も似たようなことを思ってる。

 不謹慎かもしれないけど、ユウくんが消えずにいてくれて、少し──ううん、すっごく嬉しかった。


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