第45話 伝えたい想い

 それは、時間にすればほんの少し。

 けどその短い時間で、私は必死になって自分の心と向き合って、一番伝えたい想いを見付ける。

 そして、言った。


「嫌いになるわけ無いじゃない。好きだよ、ユウくんのこと。だって私は、ユウくんの家族なんだから」

「藍……」


 ユウくんは目を丸くしながら、でも確かに喜んでくれていた。


 これが、私の選んだ言葉。伝えたい思い。

 けど、半分だけ嘘をついた。


 ユウくんのことは、恋として好き。一人の男の子として好き。

 だけど最後かもしれないこの瞬間は、ただユウくんに笑顔になってほしかった。

 だから、ユウくんの家族でいることにした。


 ユウくんがかつて失って、それからもどこかでほしがっていたはずの、家族に。


 それに、家族として好き、お兄ちゃんとして好きだって、紛れもない私の本当の気持ちだから。


「私だって、ユウくんのこと家族みたいだって思ってたんだから。何があっても、ずっと大好きなお兄ちゃんなんだから」


 ずっと面倒みてくれて、お願いを聞いてくれて、可愛がってくれた。

 そんなお兄ちゃんなユウくんも大好き。


 だけど次に言った言葉は、さっきよりもほんの少しだけ、本当の気持ちを混ぜる。


「大好きだよ。小さい頃からずっと、大好きだったんだよ」


 きっとユウくんは、これも、兄妹としての好きって思ってるよね。


 だけど今言った好きは、恋としての好き。

 初恋の人に贈る、初めての好きなんだよ。


 ユウくんに伝わらないなら、これには何の意味も無いのかもしれない。

 だけどそれでも、この思いを声にせずにはいられなかった。

 決して気付かれないってわかっていても、それでも告げた。


 ユウくんは、私の言葉を静かに聞いていた。

 何一つ聞き逃さないって感じで、その全部をしっかり受け止めていた。


「ありがとな、藍。本当に、ありがとう」


 そう言ったユウくんは相変わらず笑っていて、だけど同時に、少しだけ寂しそうにも見えた。

 それから、小さい声でポツリと言う。


「……消えたくないな」


 それは、ユウくんが初めて言った言葉だった。

 幽霊になってから今まで一度だって、成仏するのを拒んだり嫌がったりするしたことはなかったのに。


「俺も好きだよ、藍のこと。だから、もう少しだけこの世にいたい。一度死んだってのに贅沢かもしれないけど、それでも藍のそばにいたい」


 ユウくんはあくまで落ち着いたままで、取り乱したり焦ったりなんてしていない。


 けどそれでも、このままここにいるのを願ってた。


 それを聞いて、私の目に涙が溢れてくる。

 ユウくんを笑顔にさせたくて我慢していたはずなのに、後から後から溢れてくる。

 そしてとうとう、今まで言えなかった本音が漏れた。


「私も離れたくない。いくら駄目だって思っても、やっぱりユウくんと一緒にいたい!」


 ずっとそう思っていた。

 三島に、幽霊でいるのは良くないことだって言われてからも、こんな思いはずっと心の奥に持っていた。


 これを言ったら、きっとユウくんの迷惑になる。

 今までそう思って口には出さずにいたけど、もう我慢できなかった。


 そんな私たちを見ながら、三島も言う。


「何も間違っちゃいねえよ。大事な奴と別れるんだ、嫌なのは当たり前だ」


 幽霊でいるのは良くないこと。

 そう言い続けてきた三島も、決して私たちを責めようとはしなかった。


 そんな中、ユウくんの体はますます透明になっていって、向こう側にある景色がはっきりと見えるくらいになる。

 このまま消えちゃうなんて思いたくない。

 だけどこれは、嫌でも最後の時を予感させた。


 そう思うと、涙がますます溢れてくる。


(まるで、ユウくんが亡くなった時みたい)


 あの時も私は、最初ユウくんの死を受け入れることができなくて、ただ泣いているばかりだった。

 三島に背中を押されて、なんとかお別れを言うことができたけど、今の自分はその時とまるで変ってないような気がした。


 だけど、ユウくんをこれ以上困らせたくない。

 最後に見せるのが泣きじゃくる顔なんて、そんなの嫌だ。

 その一心で、叫びそうになるのを堪えて、じっとユウくんを見つめる。


「せっかく会えたのに、すぐに寂しい思いをさせてごめんな」

「私は……大丈夫だから……」


 あれだけ離れたくないって言っておいて今更だけど、それでも最後は、悲しい気持ちを押さえて、ユウくんを安心させてあげたかった。


 だけど、喋る度にえずいてしまう。せっかく堪えた涙が、一気に溢れそうになる。


 こんなのじゃだめ。

 私のせいで、ユウくんを困らせちゃう。


 だけどユウくんは、そんな私の気持ちを全部わかっているように言った。


「ありがとな。俺のために悲しんでくれて」


 そうして手を伸ばしてきて、私の頭を、軽くなでるような仕草をした。

 私が、何度もやって欲しいっておねだりしたやつだ。

 ポンポンって、私の心をとかすみたいに、何度も何度もなでてくれた。


「前に、藍が俺を呼んだのかもって言ったよな。だけど本当は、俺が藍に会いたかったのかも。藍にもう一度会いたかったから、こうして幽霊になれたのかも」


 ああ。やっぱり、泣かないなんて無理だ。

 涙で視界がぼやけて、ユウくんの顔がまともに見えなくなる。

 それでも、優しい顔をしているんだってのはわかった。


「また藍に会えて良かった。話が出来て良かった。好きって言ってもらえてよかった」

「ユウくん……」


 流れる涙は、相変わらず止まらない。

 だから、涙を流したまま、それでも笑う。


 最後の言葉が、悲しいや行かないでなんてので終わってしまうのは、嫌だったから。


 たくさんの優しいや楽しいをくれたユウくん。

 そんな彼に伝えたい言葉は、別にあったから。


「ユウくん。私も、また会えて嬉しかったよ。ユウくんのこと、大好きだから。生きている時も亡くなってからも、ずっとずっと、大好きだから!」


 恋でも家族でも、どんな形でも、ユウくんのことが好き。

 そのありったけの想いを込めながら、私は叫んだ。

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