第38話 嬉し泣き

「じゃあ、人を好きになるのが怖いって気持ちは、無くなりかけてはいたんだ」

「ああ。あくまで、無くなりかけてた、だけどな。恋愛に関してはどうしても両親のことを思い出して、そんな気にはなれなかった。それに、母親が戻って来た時は平静じゃいられなかったし、結局、俺はそのまま死んじゃった」


 死。

 今更ながら、その言葉を聞くとどうしても身構えてしまう。

 特に、お父さんとお母さんの揉め事について話した後だと、それさえなければ死なずに済んだんじゃないかって、やるせない気持ちになってくる。

 だけどユウくんは、そこには一切の悲壮感を見せることなく、話を続けた。


「だからさ、やっぱり藍には、こんなの絶対に知られたくなかったんだ。藍にとって、いつだって良い兄貴でいたかったから」

「ユウくんは、いいお兄ちゃんだもん」


 そりゃ、驚いたしショックもあった。

 だけど、それでユウくんを見る目が変わるなんてことはない。


 話を聞く前も聞いた後も、ユウくんは私の理想のお兄ちゃんで、一番大好きな人だった。


「いいお兄ちゃんでいられたのは、藍のおかげだよ。藍がいたから、俺だって少しずつではあるけど、確かに変わっていけたんだと思う。人も自分も、信じてみたいって思えるようにはなった。軽音部に入って仲間を作ることができたのだって、そんな変化の中のひとつだった」


 大沢先生を見て、ユウくんが嬉しそうにしていたのを思い出す。

 それに昔だって、軽音部のことを話すユウくんは、いつも楽しそうだった。


 ユウくんにとって、軽音部は本当に大切な場所だったんだろうな。


 そんなユウくんは、とても、人を好きになるのが怖いなんて思ってたようには見えなくて、変わっていってたんだってのを、何よりも証明しているような気がした。


「それで、さっきの、藍への気持ちは変わらないって言った話に戻るけどさ。やっぱりどんなに考えても、こうして俺を変えていってくれた藍を、嫌いになることなんてありえない。何があっても、藍を好きって気持ちは、絶対に変わらない」

「────っ!」


 好きって言葉に、心臓がドクンと大きく音を立てる。


 ユウくん。そんな言い方だと、まるで愛の告白みたいに聞こえるんだけど、わかってる?


 ううん。家族愛って意味なら、正真正銘の愛の告白って言っていいのかもしれない。


「こんなので、納得してくれるか分からない。だけど……って、藍!」


 そこまで言ったところで、ユウくんは慌てて言葉を止める。

 そして私は、今までとは比べ物にならないくらいに、ボロボロと大粒の涙を流して泣いていた。


「藍! 藍、大丈夫?」


 心配そうに、何度も声をかけてくるユウくん。


 けど違うの。

 私が泣いてるのは、決して悲しいからなんかじゃないから。


「……あ、ありがとう」

「えっ?」


 どうしてお礼を言われたのかまるでわかってないみたいで、困惑したような声をあげるユウくん。


 けれど、私は感謝の気持ちでいっぱいだ。


「私を好きになってくれてありがとう。家族みたいだって思ってくれて、ありがとう」

「……藍」


 ユウくんは、私がいるから変わっていけたって言ってたけど、それなら私は、ユウくんのおかげでたくさんの楽しいをもらってきた。

 誰かを好きになるって気持ちを教えてくれた。


 そんなユウくんに、こんなにも大事に思われているのが、すごく嬉しかった。


 泣きじゃくる私に向かって、ユウくんはそっと手を伸ばす。


「ごめんな、こんなに泣かせて。酷いアニキだな」

「いいの。これは嬉し泣きだから」


 たくさんの涙を流しながら、それでも私は笑った。


 好きな人に、ここまで大切に思われていたんだ。

 そこに込められた思いが例え家族愛のようなものでも、私の胸は、嬉しさと暖かい気持ちでいっぱいになっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る