やりたかったこと

第39話 三島side 様子を見に行った結果

 部室へと続く階段を、俺はゆっくりと上っていた。


 藤崎のことを有馬先輩に任せて、あとは邪魔にならないよう、部室には近寄らないようにしよう。

 そう決めて、意味無く校舎をウロウロと歩き回って時間を潰していたけど、それももう限界だった。


 無事に話は終わったのか、藤崎は元気になったのか、気になって仕方ない。


 いい加減、部室に行って二人の様子を見てみよう。

 そう思ってここまで来たのはいいけど、部室の扉の前に立ったところで、足が止まる。


(これって、今中に入って大丈夫なのか?)


 二人の話が終わったのかわからない以上、下手に顔を出すと台無しにしてしまうかもしれない。

 そう思うと、つい躊躇してしまう。


(し、仕方ねえよな)


 迷った挙句、俺は部室の扉を少しだけ開け、そっと中の様子を見る。

 つまりは覗き見だ。


 二人だけで話をしろって言っておいて、こんなまねをするのは気が引ける。

 けどこうでもしなきゃ中に入るタイミングがわからないし、何より俺がお膳立てをしなきゃ、二人が話し合うことだって無かった。

 だから、ほんの少しくらいなら見る権利はあるはずだ。


 無茶苦茶だって? わかってるよそんなこと!


 そうして、こっそり覗いた部室の中。

 そこには思った通り、藤崎と有馬先輩の姿があった。


 けど、それを見て首を傾げる。


(あいつら、何やってるんだ?)


 どういうわけか、藤崎と有馬先輩は、前後に並ぶように立っていた。

 藤崎が前、有馬先輩が後ろ。話をするにしては、どう見ても変な立ち位置だ。


 妙に思いながらしばらく見ていると、後ろに立ってる有馬先輩が、藤崎に向かって手を伸ばす。

 それから、覆い被さるように、体を近づけていった。


(ちょっ、ちょっと待て。二人とも、ほんとに何やってるんだよ。これって、バックハグってやつじゃねえのか! 話し合えとは言ったけど、こんなことしろとは言ってねえぞ!)


 黙って見ていられたのはそれまでだ。

 気が付けば、勢い置く扉を開け叫んでた。


「待て待て待て! お前ら、何やってるんだよーーーーっ!」


 喉が潰れそうなくらいの大声が部室に響く。

 それに驚いたのか、二人がキョトンとした顔でこっちを見た。


「三島? いったいどうしたの?」

「どうしたのじゃねえよ! お前たち、いったい何してる!?」


 まさか、仲直りできただけでなく、そこからさらにいい雰囲気になって、その結果がバックハグとか?


 藤崎には元気になってほしいけど、そんなのはちっとも望んじゃいない。


 けれどそこで、有馬先輩が全く予想外のことを言い出した。


「何って、実験かな」

「はっ? 実験?」


 実験って何のだよ。


 一瞬、嘘をついているのかとも思ったけど、それにしてはあまりにも意味不明だ。


 それに二人とも、バックハグなんてラブシーンの現場を見られたにしては、あまりに落ち着きすぎている。


 有馬先輩はどうか知らないが、藤崎がそんなことになったら、顔を真っ赤にしてあたふたしていそうだ。


(……もしかして、俺の早とちりだったのか?)


 ヤバいヤバいヤバい。

 それであんな大声を出したなら、かなり恥ずかしい。


 嫌な汗が吹き出てくるけど、そこで藤崎が話しかけてきた。


「あっ、あのさ、三島……」

「……な、なんだよ」

「ユウくんから聞いたよ、私のこと、凄く心配してたって。その……私達に話をさせるためにわざと遅れてきたんだよね? ありがとう」

「────っ!」


 今度は、さっきのとは別の種類の恥ずかしさが襲ってきた。


 もちろん、全部藤崎の言う通りなんだけど、わざわざ面と向かってそれを言われると、どうしたらいいのかわからなくなる。

 って言うか有馬先輩、藤崎に喋ったのかよ!


「べ、別に、俺は何もしてねえだろ」


 ボソッと呟いた言葉は、謙遜じゃなくて本心だ。

 色々と動きはしたけど、ありがとうなんて言われるもんじゃない。

 俺じゃどうにもできそうにないから、有馬先輩を焚き付けた。それだけだ。


 けれど今度は、その有馬先輩も一緒になって言ってくる。


「いや、三島が背中を押してくれなかったら、俺は多分、今もちゃんと話せてなかったと思う」

「心配かけてごめんね」


 そうして、二人揃って笑顔を見せる。

 今日一日、決して見る事の無かった笑顔だ。


「その調子だと、もう大丈夫なんだよな?」


 すると藤崎と有馬先輩は、一瞬だけ目を合わせる。

 それから、藤崎が答えた。


「うん。おかげさまでね」

「そうか」


 これで、藤崎も有馬先輩も、元の仲のいい二人に戻る。

 そう思うと少しモヤモヤするけど、藤崎が笑顔でいられるなら、今はそれでもいいかと思った。

 

「三島、本当にありがとね」

「お……おう」


 もう一度、改めてお礼を言われたもんだから、つい恥ずかしくなって目を逸らす。

 けど悪い気はしなかった。って言うか、めちゃめちゃ嬉しい。


 このたった一言で嬉しくなるんだから、我ながら安上がりだ。


 このままだと、嬉しすぎて藤崎の顔をまともに見られなくなりそうだ。


 ここは、何か別の話に移らないと。


「と、ところで、さっき言ってた実験ってなんなんだよ?」


 実験というと、化学か何かか?

 けどあのバックハグもどきじゃ、いったい何をしたかったのか、さっぱり見当がつかない。


「えっとね。ユウくんが私にとり憑けるかどうかの実験」

「はぁ?」


 藤崎が答えてくれたけど、それを聞いて、俺はますますわけがわからなくなった。

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