第26話 妹でよかった

(わ、私、何言ってるんだろう)


 思わず言ってしまった言葉。

 けどそれからすぐに、自分が大変なことをしたって気づく。


 こんなの、どう考えても告白になっちゃう!


 そりゃ、ユウくんのことはずっと好きだったし、いつかはこの気持ちを伝えたいなんて思ってた。

 けど、今それを言う気なんてなかったのに!


 どうしよう。どうしよう!


「ち……違うの。これは、その……」


 慌てて誤魔化そうとするけど、こうまでハッキリ言っちゃったんだから、どうしていいのかわからない。


 いきなりこんなこと言われて、ユウはどう思ってる?

 引いてない? 迷惑じゃない?


 気になるけど、知るのが怖い。

 もしも面と向かって断られたりしたら、二度と立ち直れないような気がした。


「……藍」

「は、はい!」


 名前を呼ばれただけで、びくりと肩が震える。

 その続きを聞くのが怖くて、耳を塞ぎたくなる。

 だけどそうする間もなく、ユウくんはさらに続けた。


「ありがとな」

「…………えっ?」


 その瞬間、時が止まったような気がした。俯いていた顔を上げると、ユウくんはにこやかに微笑んでいた。


「藍にそう言ってもらえて、すごく嬉しいよ」


 優しい声でそう告げるユウくん。だけど、それを見て思う。


(……違う)


 きっと、嬉しいって言葉に嘘はない。ユウくんは、喜んでくれている。

 多分、それは間違いない。


 けど、それだけ。

 嬉しいだけで、私が感じているような緊張もドキドキも、ユウくんには無い。

 それに気づいた時、急に心の奥が冷たくなっていくのを感じた。


「俺も、藍のこと好きだよ」


 ユウはそう言いながら、私の頭を撫でる仕草をする。

 この好きって言葉にも、一切の嘘はないんだろうな。

 けど、わかってしまう。

 ユウくんの言ってる好きは、私が言った恋としての好きとは、同じじゃないってことを。


「それって、私が妹だから?」


 これを聞くのは、自分から傷つきに行くようなもの。

 それでも尋ねると、ユウくんは一切の悪意無く、笑顔でこう告げる。


「もちろんだよ。藍のこと、本当の妹みたいに思ってる」


 違うって言いたかった。

 私の言う好きは、そういう意味じゃないって伝えたかった。

 妹でなく、一人の女の子として見てもらいたかった。


 だけど、それはとても怖いことでもあった。

 この気持ちを伝えてしまったら、今まで通りの関係じゃいられなくなる。

 口にすることはできなかった。


 恋愛として誰かを好きになるってのが、よくわからない。

 なんて聞いた後なら、なおさらだ。


 だから、この話はこれで終わりにする。

 このまま話を続けていたら、今度こそ気持ちが抑えられなくなりそうだったから。


 動揺しているのを悟られないように笑顔を作って、今までとは全く関係の無い話題を出す。

 わざと明るい声を出して、強引に話の流れを変える。


「それにしても今日は疲れた。人前で演奏するってあんなに体力いるんだね」

「あ……ああ」

 

 もちろん、こんなことしてユウくんが不思議に思わないはずがない。

 怪訝な顔をするけど、何か言れるより先に、さらに言葉を続けた。


「疲れたから、今日はもう寝るね」


 それだけ言うと、返事も聞かずに、テキパキと布団の用意をすませる。


「……なあ、藍?」

「お休み、ユウくん」


 ユウくんの言葉を遮るようにお休みの挨拶をし、いそいそと電気を消して、ベッドに潜りこむ。


 こうなると、ユウくんもこれ以上話を続けるわけにはいかない。

 仕方なく、押入れの中へと引っ込んでいく。


「お休み、藍」


 最後に掛けられた言葉は、どこか心配そうだった。


 急に、変な態度になってごめん。

 だけど、こうするしかなかった。


 平気な顔をしておくのも、もう限界だったから。


 ユウくんが押入れの中に入ったのを確認すると、改めて布団をかぶりなおす。

 そのとたん、顔がクシャリと歪んだ。


『もし付き合ったとしても、いつまで続くかわからない。いつかは別れるかもしれない。そんな風に、つい考えるんだ』


 そう言ったユウくんの声が、耳に残って離れない。


 軽い感じで言ったその言葉に、本当はどれほどの思いが込められているか、私は知っている。

 そう思ってしまうだけの理由を、ユウくんは持っていた。


(きっと、あんなことがあったからだよね)


 ユウくんの抱えていたものが、頭を過る。

 あんなことがあったら、ユウくんがそんな風に考えるのも、納得がいってしまった。


 だけど私は、それを否定したかった。誰かを好きになって、それがずっと続くことだってあるんだよって、伝えたかった。


 だから、つい告白みたいなことをしてしまった。


 結局その想いは伝わらなかったけど、ユウくんが勘違いしてくれてよかったのかもしれない。


(妹みたいなもの。それなら、ずっと好きでいてくれるよね)


 もしユウくんが、本当に誰とも恋愛できないって言うのなら、私のこの気持ちは、決して実らない。

 ユウくんだって、きっと困る。


 けど勘違いしてくれたおかげで、これからも仲の良い兄と妹でいられる。

 妹なら、変わることなくずっとそばにいられる。

 そう、自分自身に言い聞かせる。


 これまでは、いつか変えたいって思っていた、妹みたいなポジション。

 だけど今は、仲の良い関係を守ってくれるものへと変わっていた。


「ユウくんの妹で良かった。勘違いしてくれて良かった」


 布団の中。決してユウくんには聞こえないくらいの小さな声で、何度も繰り返し呟いていた。

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