第11話 触れられなくても

 それからユウくんは、私の持っているベースを見る。


「それにしても、まさか藍が音楽を始めているとは思わなかったよ。それも、俺の使ってたベースでなんて」


 ユウくんのベースをもらったこと、私が軽音部に入ろうとしていることは、ここに来るまでの間に話してあった。


「ごめんね。勝手に貰っちゃって」

「そんなことないって。むしろ、藍がもらってくれて嬉しいよ。どれくらい弾けるんだ?」

「えっと……」


 どうしよう。

 始めたって言っても、まだほとんど初心者。

 とても、胸を張って言える自信なんてないよ。


「そ、それが、初めてまだ半年くらいしか経ってないから、まだ全然なんだよね」

「半年か。なら、始めたのは俺より早いな。俺は、高校に入ってからだった」


 そういえば。

 ユウくんがこのベースを買ったのって、高校生になってからだったっけ。


「ユウくんは、どうしてベースやろうと思ったの?」


 ユウくんのことはもっと前から知ってるけど、中学生の頃は、特別音楽が好きってことはなかったような気がする。

 なのに、どうしてベースを買ってまで音楽を始めたのか、思えばちゃんと聞いたことってなかった。


「同じクラスの奴に誘われたんだ。とにかく音楽が好きで、バンドを組みたいから軽音部入ってくれって、クラス中に声をかけて回るような奴だった」

「そうなんだ」


 今は、廃部寸前の軽音部。

 もしかしたら、私もこれから、部員を勧誘する機会はあるかも。

 そういう積極性は、見習ってみようかな。


「強引なやつだったよ。興味無いって言ってもしつこく誘ってくるし、俺がベース担当になったのだって、自分はギターやるからお前はベースだって、半ば無理やり決めさせられたからな。それを買うのは俺なのに」

「そ、そうなんだ……」


 それは、なんだか色々凄い人みたい。

 わざわざ楽器を買うのは、高校生の財布じゃけっこう厳しそう。

 私じゃ、そこまで積極的にはなれないかも。


 ちょっぴり文句を言ってるユウくんだったけど、言葉とは逆に、その表情はどこか楽しそう。


「でもユウくん、すっごく張り切って練習してたよね」

「ああ。始めは無理矢理でも、やっていくうちに、もっと上手くなりたいって思った。初めて一曲弾けるようになった時は、本当に嬉しかった」


 やっぱりそうなんだ。昔、部活のことを話してくれたユウくんはとても楽しそうだったし、そうじゃないかって思ってた。


 この軽音部で、そんな素敵な思いをしていたんだ。

 私も、これからその軽音部でやっていくんだ。そう思うと、ワクワクしてきた。


「私も、ユウくんみたいにたくさん練習するからね」

「ああ。頑張れ」


 応援しながら、ユウくんはそっと、私の頭の上に手を伸ばす。

 頭を撫でてくれようとしているんだ。


 私はユウくんに頭を撫でられるのが大好きで、ユウくんもそれを知ってた。

 だから、褒める時や励ます時、事ある毎に私の頭を撫でてくれた。


 だけど今、ユウくんの手は私の頭に触れることなく、スッと突き抜けていく。

 幽霊になったユウくんは物に触ることができないんだから、こうなるのは当たり前だった。


「やっぱりダメか。藍なら俺を見ることができたし、もしかしたら触れるかもしれないって思ったけど、無理みたいだな」


 手を引っ込めて、残念そうに言うユウくん。


「ごめんな。もう前みたいに撫でてやれなくて」

「も、もう子どもじゃないんだし、別にいいから、気にしないで」


 って言ったものの、残念なのは私も同じ。もしかしたら、私になら触れるんじゃないかって、ちょっと思ってた。


 私ももう高校生で、頭を撫でられて喜ぶような歳じゃない。なのに、前みたいに撫でてもらえないんだと思うと、なんだか寂しかった。

 けどそんなことを言ったら、ユウくんを困らせちゃう。


 するとユウくんは、少し考えた後、また私に向かって手を伸ばす。


「じゃあ、これならどうだ?」


 ユウくんの手が、私の頭に触れるか触れないかくらいの場所で、一度止まる。それからゆっくり、手のひらを前後に動かした。


(わわっ!)


 確かにこれだと、私の頭を撫でてるように見えるかも。


 もちろん、実際に触ることはできないから、いくらやっても、手の感触は伝わってこない。

 だけど、それでもユウくんが、少しでも何とかしたいって思ってくれてるのはわかった。

 私も、本当に撫でられた時に負けないくらい、ドキドキした。


「あ、ありがとう───」


 それからしばらくの間、ユウくんはそのまま、触れられない手で私の頭を撫で続ける。


 またユウくんに撫でてもらえるなんて夢みたいで、ドキドキと幸せで、胸がいっぱいになってくる。


 そんな中、不意に、部室の入口の方から、ガチャリという音が響いた。


「えっ──?」


 見ると、部室の扉が開き、一人の男子生徒が入ってきた。

 三島だ。


「悪い。遅れ、た……」


 声をかけてくる三島。

 だけど、急に詰まったように、その言葉が途切れる。

 そして、なぜかびっくりするくらい大きく目を見開いた。


「三島……?」


 どうしたの?

 不思議に思うけど、そこでようやく気づく。


 今の私、ユウくんに頭撫でられてるんだよね。

 部室にやってきていきなりそんなの見たら、驚くかも。


 って言うか、これを人に見られるのって、かなり恥ずかしい。


「あっ……み、三島、これはね……」


 えっと、これって、何をどこから説明したらいいの?

 どうして頭を撫でられてるか? それとも、ユウくんが幽霊だってことからった方がいい?


 だけど、そこで私は、またおかしなことに気づく。


 幽霊になったユウくんは、私以外の人には姿が見えない。そう思ってた。


 だけど三島は、間違いなく、私を撫でるユウくんを見て驚いている。


 三島も、ユウくんのこと見えるの!?


 ハッとしたところで、三島は目を見開いたまま、今度は口を大きく開く。

 そして、叫んだ。


「なんでそいつがここにいるんだよーーーーっ!」


 三島の大きな声が、校舎の一角にこだました。


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