第10話 なりたての幽霊
イスに腰かけたところで、ホッと息をつく。そして、その正面にはユウくんがいた。
場所は、再び軽音部部室。
幽霊のなったユウくんと再会した後、私たちは揃ってここにやって来た。
本当なら、入部届けを出すため職員室に行こうとしていたんだけど、それは後回し。それより、もっとユウくんと話がしたかった。
「本当に、ユウくんなんだよね」
目の前にいるのに、今もまだ信じられない。もしかしたら、夢を見ているんじゃないかって思っちゃう。
「俺も驚いてるよ。さっきも言ったけど、やっぱりこれって、幽霊ってやつなのかな?」
「多分……」
何しろ、彼は六年も前に亡くなった身。なのにこうしてここにいるんだから、それしか考えられない。
その証拠に、と言っていいのかわからないけど、相変わらずユウくんの体はうっすら透き通っていて、いかにも幽霊のイメージにピッタリだ。
それに、幽霊ならではって特徴なら、他にもあった。
さっき、階段を上ってこの部室に来る途中よ、ちょうど他の部活の人たちが、一斉に下りてきた。
その人たちは、邪魔にならないよう、私を避けながら歩いていたけど、すぐ近くにいたユウくんには、誰も気に止める様子がなかった。
そして、その中の一人がユウくんとぶつかったんだけど、その人の体や持っていた荷物は、ユウくんの体をすり抜けて、まるで何事もなかったように歩いていった。
「どうやら俺は、藍以外の人間には姿が見えないらしいし、人や物に触ることもできないみたいだな」
その後、ユウくんは試しに彼らを追いかけていって、自分に気づかないかと正面に立ってみたんだけど、やっぱり彼らはユウくんには全く気づかず、その体をすり抜けていった。
今だって、ユウくんは近くの机に手を置くけど、その手はなんの抵抗もなく、机をすり抜けていく。
普通の人には見えないし、物にも触れない。
それは、マンガやドラマに登場する幽霊には、よくある設定だと思う。
だけど実際にこうして目にすると、ただ驚くしかなかった。
「ねえユウくん。ユウくんは、幽霊のまま何年もここにいたの?」
ユウくんが亡くなってすぐに幽霊になったんなら、そういうことになるよね。
けど今のユウくんを見ていると、なんだかそんな風には思えない。
何年も幽霊やってるなら、今さら人に見えなかったり物に触れなかったりするのに、こんなに驚いたりしないと思う。
するとユウくんは、予想通り首を横にふる。
「違うよ。俺が幽霊になったのは、ついさっきだと思う」
「さっき?」
たしかに、何年も幽霊をやっているようには見えなかったけど、それにしたって、ついさっき?
本当に、幽霊に成り立てなんだ。
すると今度は、ユウくんの方から聞いてきた。
「ねえ、藍。藍は、俺がどうして死んだのか知ってる?」
「……うん。授業が終わって部室に行く途中、階段から落ちたって」
昔お母さんから聞いてた話を、そのまま伝える。
その時、ズキンと胸が傷んだ。今でも、この話を思い出すと辛くなってくる。
「うん。だいたいそんな感じ。ごめんな、嫌なこと思い出させて」
申し訳なさそうな顔をして、謝るユウくん。
それから、ゆっくりと自分のことを話し出す。
「藍の言う通り、階段から落ちたことは覚えてる。だけど、俺の意識はそこで一度途切れたんだ。階段から落ちて、痛いって感じた瞬間、プッツリとね。でもその時、自分がここで死ぬんだってのはわかった。理屈でなく感覚で、これが死なんだって理解できたような気がした」
淡々と語る、そんな言葉がピッタリだった。
ユウくんは、嘆くわけでも悔しがるわけでもなく、自分が死んだ時の状況を、静かに話してくれた。
「次に気がついた時、俺はあの階段の上に立っていた。自分は死んだんだって感覚が残ったまま。それと、死んでから結構時間が経ったって言うのも、なぜかわかった。って言っても、まさか何年も経っているとは思わなかったけどね」
「そうなんだ……」
こんな時、なんて言ったらいいんだろう。
励ます? 慰める?
死んだと思って、気がついたら幽霊になっていて、しかも何年も経ってる。
そんな時にどんな言葉をかければいいのかなんて、全然わかんない。
そうして、やっと言えたのがこれだった。
「辛く……なかった?」
わざわざこんなこと聞くなんて、無神経だったかも。
こんなことになって、平気でいられるわけがない。
だけどユウくんは、少しも気を悪くした様子は見せなかった。
「どうだろう。寂しいって気持ちが全く無かったわけじゃないけど、そこまで落ち込んだりはしなかったな。ああ、そうなんだって感じだった。でもな……」
そこで初めて、ユウくんの表情が変わった。
それは、自分の死の瞬間を語った時よりも、ずっとずっと真剣に見えた。
「そんな風に思っていると、目の前に一人の女の子がいたんだ。なんだかとても苦しそうにしていた。それを見て、何とかしなきゃって思って、声をかけた」
「それって……」
ユウくんの言ってる女の子。この状況で出てくる相手なんて、一人しかいない。
「藍のことだよ」
そこまで言ったところで、少しだけ、イタズラっぽく笑う。
「だけどそれがまさか藍で、しかも高校生になってるとは思わなかったから、本当に驚いたよ。もしかすると、藍が俺をここに呼んでくれたのかもしれないな」
「えっ?」
ニコッと笑いながらそんな事を言われると、何だか妙に恥ずかしい。
「え、えっと……背、伸びたでしょ」
「ああ。それと、可愛いだけじゃなく、綺麗にもなった。最初藍だってわからなかったのは、そのせいだよ」
「ふぇっ⁉」
き、綺麗!?
ユウくんは、すぐに私だってわからなかったのが悔しかったみたいで、少しだけ不満そう。
けど私にとってはそれどころじゃない。
だって、好きな人からいきなり綺麗って言われたんだよ。
そんなの、胸がドキドキするし、顔だってカッと熱くなる。
なのにユウくんは、私がそんな風に動揺してるなんて知りもしないで、さらに言う。
「だけどこうして話してみて、やっぱり藍なんだなって思った。こんなに綺麗になっても、藍は藍だ」
「────っ!」
ま、また、綺麗って言った! すっごくあっさり言った!
う、ううん。ここは、一回落ち着こう。
ユウくんは、昔から私のことを何度も可愛いって言ってくれた。それはもう、挨拶するくらいに何度も言った。
だけどそれは、妹みたいに思ってくれているからこその贔屓目があったんだろうし、恋愛的な意味は全然ない。
今言った綺麗だって、きっとそれとは大差ないんだよね。
なんて思っても、やっぱり好きな人に綺麗って言われた威力はすごくて、相変わらず、心臓はうるさいままだった。
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