第9話 色褪せることのない、初恋の人

「なんで? どうして?」


 目の前にあるのが、信じられなかった。だってこんなの、絶対におかしい。

 ユウくんはずっと昔に亡くなっていて、お葬式にだって出た。

 なのにそのユウくんが、あの頃と変わらない姿でここにいる。


(ユウくんのことを考えすぎて、幻を見てるの?)


 そう思ったけど、幻にしては、いつまでたっても消えてくれない。


「……藍?」


 ユウが、もう一度私の名前を呼ぶ。けどその直後、慌てたように言った。


「あっ、ごめん。君が知っている子に似てたから、つい。いや……似てるのかな? 背も歳も、全然違うのに……」


 もしかして、私のこと気づいてないの?

 全然別の誰かだって思ってる?


 だけど、気づかなくても無理ないか。


 ユウくんの姿は六年前からちっとも変わってないけど、私はその頃よりずっと背が伸びたし、それ以外だってそれなりに大人っぽくなってる。

 髪だって、あの頃は肩にかかるくらいだったのに、今はよりもだいぶ伸ばして、さらにリボンでまとめてポニーテールにしてある。

 これだけ変わってるんだから、むしろ最初に名前を呼んだことの方が不思議なくらい。


 けど、なんて言ったらいいの?

 わけがわかんないこの状況、何からどうやって話せばいいかなんて、全然わかんない。


 ただそれでも、このまま黙ってるのは嫌だった。


 死んだはずのユウくんがどうしてここにいるのかなんて、そんなのわかんない。

 けど目の前にいるのに、なにも言えずに、時間を無駄にしたくなんてなかった。


 何か、何か話したい。

 そう思って、もう一度ユウくんの姿をまじまじと見た時、あることに気づく。


「体、透けてる」


 よく見ると、ユウくんの体は薄っすらと透き通っていて、微かに向こう側の景色が見えていた。


「本当だ」


 どうやらそれは、ユウくん本人も気付いていなかったみたい。

 私の言葉を聞いて、興味深げに自分の体を見ている。

 そして、その透き通った体を一通り確認すると、改めて私の方を向いた。


「えっと、驚かせちゃったかな? 俺のこと、怖いと思ったならごめんね。こんな事言うと変な奴って思うかもしれないけど、俺って多分、幽霊だと思うんだ」

「幽霊……」


 やっぱりそうなんだ。


 普通なら、いきなりそんなこと言われても、とても信じられない。

 だけど、死んだはずの人間が現れたんだ。これが夢じゃないなら、幽霊ってのが一番しっくり来る。

 というか、そうでもなきゃ説明つかない。


「と言っても、俺が死んでからどれくらい経ったんだろう。数日? それとも数年?」


 その辺のところはよくわかっていないのか、ユウくんは首を捻りながらそんなこと言う。


 その仕草は、私の知っているユウくんそのまま。

 例え幽霊になっても、そういうところは何も変わってない。

 それを見て、なんだか妙にホッとする。


「──六年くらいかな」

「えっ?」


 死んでからどのくらい経ったのか。その答えを、ユウくんに教える。

 それを聞いて、ユウくんは小さく声をあげた。


 それは、そんなに時間が経ってたことに驚いてるんじゃなくて、どうして私がそれを知っているのか、それがわからず不思議がってるように見えた。


「君は、だれ?」


 私はそれに答える前に、自分の頭につけていたリボンを外す。パサリと音を立てて、ポニーテールにしていた髪が解けた。

 こうすれば、今の髪型は、まるで小学校の頃の髪をそのまま髪を伸ばしたように見えるはず。

 あの頃の私に、ちょっとだけ似るはず。


 だからユウくん、気づいて。


「藍! 藍なのか!?」


 ハッとしたように、ユウくんはまた、私の名前を呼ぶ。

 ただし今度のそれは、さっきまでとは違って、私が誰だかハッキリわかって言ってるような力強さがあった。


 その瞬間、私の目から涙が零れる。


「ユウくん……ユウくん……」


 私も、震える声でユウくんを呼ぶ。

 出てきた涙はますます溢れていって、次々に零れ落ちる。


 やっぱり私は、ずっとずっとユウくんの死を引きづっていたんだ。今もまだ、その悲しみは消えてなかったんだ。そのことに、改めて気づく。


 けどだからこそ、こうして会えたのが、すごく嬉しい。

 ユウくんが目の前にいるのが、名前を呼んでくれているのが、たまらなく嬉しかった。


「ユウくん。私、高校生になったんだよ」


 出した声は、もうすっかり涙声になっていて、顔はグシャグシャ。

 だけどこの涙は、決して悲しいものじゃない。


 たくさんの涙を零しながら、それでも私は笑った。

 それを見たユウくんも、笑いながらながら言う。


「大きくなったな。藍」


 六年ぶりに見るその笑顔は、あの頃と何も変わっていなかった。


 そして、私がユウくんに抱く気持ちも、あの頃と変わらない。

 私にとって、ユウくんは今も、優しくて、憧れていて、お兄ちゃんみたいな人。

 そして、今でも色褪せることのない、初恋の人だった。


 藤崎藍、十五歳。

 好きなもの。今も変わらず、ユウくん。

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