第2話
人間と同じようにものを食べ、さらにそれを燃料に変えられる「お食事」機能は顧客に好評で、スマートロイドの標準装備になりつつある。
「おいしい?」
『はい!』
「それはよかった」
『薫さんはやっぱり料理上手です』
「まあ、ただパンを焼いただけなんだけどね」
バターとメープルシロップを塗ったトーストをもくもくと咀嚼する様子を、薫はタバコを吸いながら眺めている。
人体(と部屋の内装)に無害に作られた紙巻き風の電子タバコ。ハゴロモジャスミンの抜けるような甘い香りが部屋中に漂っている。
「レインちゃん、今日の天気は?」
『今は晴れですが、夜から雨が降るかもです。降水確率は30パーセントです』
「そう、なにかニュースはある?」
『いいニュース8件とよくないニュース10件です』
「今日は嫌なニュースは要らない」
せっかくのお休みだからね――と薫は手のひらを振って答える。
『じゃあまずスポーツから、王谷選手がMLB通算500本塁打を達成しました』
「あら、思ったより早い」
『五打席連続ホームランで達成したそうです』
「……そりゃ、実はアンドロイドなんじゃないかなんて言われるよねえ」
『あとは、関東地方で桜が見頃を迎えたようです』
「ああ、そりゃいいね」
『それと……これはとっておきですが』
トーストを食べ終えたレインちゃんが、その頬に残りカスをつけながらそう言うので、薫はハンカチでそれを拭き取ってやりながら「何よ」、と身構える。
経験上、そう前置きされたときのニュースは良くも悪くもサプライズであることが多いのだ。
『歌手のYUIKAさんがご結婚しました』
「……ふあっ?」
『第一子も出産予定だそうです』
「え、まじか……」
電子タバコが薫の手からぽとり、と落ちる。
ちなみに火を使っていないので火事になる心配はない。
『あれ、これはいいニュースではなかったですか?』
薫の落とした電子タバコを拾いながらレインちゃんは言う。
「いやまあ、おめでたいニュースではあるんだけど。だだまあ、ちょっと……」
良いか悪いかで聞かれたら、もちろん前者だと答えるしかない。
でもそれを個人的にどう思うかはまた別問題。同じ知らせを聞いても、人によってはその針がかぎりなく真ん中付近に寄ってしまうこともある。
そりゃ、学生時代に仲のよかった人が結婚するとなれば、嬉しいだけではなく複雑な気持ちにもなるのが人情ってものだろう。しかも子供って……
「ま、色々あるんだよ。人間には」
『むう』
レインちゃんは少し不満そうな顔をしている。
レインちゃんのそんな表情を見ると、薫はいつもなんだか安心な気分になった。
どれだけ人工知能が進化して、こうして自然に会話ができるようになっても、人間との間にはやっぱり超えられない壁はある。でもそれは全然悪いことではないと思うのだ。
電子タバコを受け取ったついでに、その頭を撫でてやると、薫の手に温かな熱が伝わってくる。
「……さてと、レインちゃん。食べ終わったらお出掛けの準備をしようか」
『はい、今日はどこに行きますか?』
「あのね。久しぶりにさ、海を見に行こうよ」
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