第5章 不幸の誕生日

第7話 ムラサキカガミ

 入学して3か月過ぎた。毎日が目まぐるしく、必修科目に追われる怒涛の大学生活の中、俺は相変わらずミステリーサークルの住人と化していた。


 その日もいつも通り授業が終わり、分厚いレジュメをファイルにしまっている時「寺下くん」と声を掛けられた。

 声の主は、高校の同級生・中島 亜里沙なかじま ありさだった。

「あ、久しぶり。」

「うん…久しぶり。」

 中島とは高校時代2年間同じクラスだったが、まさか大学までも一緒だったとは。

 しかし、中島の顔はどこか緊張した様子で、チラチラと周りを気にしている。

「あの…さ、ちょっとここだと言えない…っていうか、ちょっと廊下まで来て。」

 中島はそう言い、急に俺の手を引き走っていく。


 高校の同級生と再会。ここじゃ言えないことがある。そして手を繋ぎながら走る俺たち。


 ………いや、まさかね。まさかまさかそんな。

 そんなベタな展開がある訳ない。

 でも、1%くらい期待してもいいんじゃないか?こんな状況…そんなの…!


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「で、結局。ムラサキカガミが忘れられないから助けてって?」

「はい。」

 俺はミステリーサークルの机に突っ伏して撃沈していた。99%の確立が勝ったのだ。学んだ。1%の期待など、この世界では無意味なのだと。

「おつかれい!若者よ!」

 後藤先輩は俺の背中を強く叩いた。痛い。けれど、今は心の方が痛い。


「そんで、当の本人は?」

「そろそろ来ます…。」

 俺の声と同時に、ミステリーサークルの扉が開いた。俺は体を起こす気力もなく、顔だけを入り口に向けた。

「千景くんから話は聞いてます!中島さんですよね!」

「えっ、あっはい。」

「ささ、どうぞどうぞこちらへ」

 後藤先輩は数ある席のうち、何故か俺の真横の席を引いた。この人は完全に俺を馬鹿にして遊んでいる。キッと睨むと、睨み返された。


 中島は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。

「寺下くん、どうしたの?」

「気にしないでー。」

 俺は人生で最大の棒読みでそう返事するしかできなかった。


 その時、授業終わりの一条先生も部室に入ってきた。

「お疲れー、って寺下くんどうしたの?」

「気にしないでくださいー。」

 もはや一条先生に対する返事すらコピー&ペーストの状態だ。


「この子、もうすぐ誕生日だけどムラサキカガミが忘れられなくて、相談に来たんですって。」

「ムラサキカガミ!」

 一条先生は目を輝かせて中島の顔を見つめた後、うっとりとした表情で「いやぁ~懐かしいな、ムラサキカガミかぁ。」と完全に明後日の方向を向いている。

「あんまりそんな連呼しないでください!忘れられなくなっちゃうじゃないですか!」

 中島は耳をふさいだ。

「僕もムラサキカガミで二十歳を迎えたら、死んじゃうのか興味津々でさぁ、二十歳になる瞬間までずっとムラサキカガミって唱えてたなぁ~。」

「えっ、キモ。」

 後藤先輩のあまりにストレートな発言にツッコミを入れる気も起きない、というか確かに少しキモい。


「ムラサキカガミにもいろんな種類があってね、呪いの亀とか、イルカ島とかも覚えてる爆発して死ぬとかね、いやぁ~懐かしい。」

 何故か一人で満足げに頷いている一条先生の話を聞いていると、一つの疑問が湧いた。

「えっ? 先生二十歳迎える瞬間もムラサキカガミ覚えてたんですよね?」

「うん。なんなら1年前から予習してたし。」

 それはそれでやっぱりキモい。

「じゃあ、立証してるじゃないじゃないですか。」

 後藤先輩は両手に腰を当て、前かがみになりながらそう述べた。

「へ?」

 一条先生はぽっかり口を開けている。

「だって、現に今ここに、ムラサキカガミ覚えてたけど二十歳余裕で超えてる人いるし。」

 後藤先輩は自分よりも年上の人間を当たり前のように指さす。

「僕? あれ、なんか立証しちゃった…みたいだね。」

 褒められたわけではないと思うが、一条先生は照れるように頭をかいた。


 しかし中島の顔は、相変わらず暗かった。

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