第5話 ポルターガイストが止まらない

「ポルターガイストっていうのは特定の人物の周りで起きる特異現象のことを主に指す。そしてそれらは大きく二つに分けられる。」

「二つ…?」

「本物のポルターガイストと、偽物のポルターガイストだ。」


それを聞いた瞬間、俺の思考は完全に止まった。

本物と偽物…?


「そして、今回は偽物のポルターガイストだと思う。」

「だって! 先生見ましたよね、あの光景。」

「見たよ。見たからそう言い切れるんだ。」


部屋から聞こえたラップ音、壁に刺さったナイフ、お母さんから貰った大切なお皿が割れたあの光景が、脳内で映像のようにされていく。


「葉山さんのナイフは枕元付近に刺さっていた。彼女が飛び起きたのなら、葉山さんの首元に傷がついていた。でもその傷はなかった。」

きっと葉山さんが一条先生に倒れこんだとき、首元を確認していたのだろう。


「それに割れた皿は、お母さんから贈ってもらった平皿だった。」

やはり、俺が気づいていたあの、王冠のような平皿だったのか。


「じゃあなんで、そんな大切な皿が割れるんですか!?」

「大切な皿だからだよ。本人は大切だと思っているか分からないけど。」

「えっ……?」


冷めた目で、一条先生はどこか遠くを見ていた。


「テレビ台の上にあった時、あの皿は埃がうっすらとついていた。彼女は掃除をしたから今日は物を置いていないと言っていた。なのに埃が短時間でたまることなんてあるかな。」

俺と後藤先輩はもはや何も言えなかった。


「そして彼女が棚を倒した時、拭くものを取りに行った。どこに取りに行ったと思う?」

「えっ…」

そう聞かれて俺は困惑した、散らばる調味料に気を取られ、横山さんを視線で追うことなど忘れていた。

「彼女はテレビ台の戸棚から布巾を取り出した。そして皿をズボンの中にしまった。」

啞然とした。なぜ横山さんがそんなことをしたのか、それについても。そこまで洞察していた一条先生に対しても。


「悲しいけど、昨日起きたあの光景は彼女の自作自演だと思う。」


そう言い切った一条先生は、コーヒーを一口飲み。俺たちの顔を交互に見た。


「どうして、そんなことを…」

後藤先輩の切ない声が、胸を苦しめる。

「こういった自作自演のポルターガイストを起こす子は未成年の女性に多い。しかも家庭環境で何かあったり、人からの疎外感を受けて育った子がほとんどだ。」


家庭環境………。

俺は思い出せない父親の顔がぼんやりと頭の中で浮かび、滲んで消えていった。


「ある意味愛着障害に近いものがある。人から注目されたい、気を引きたいという一心で起こしてしまう。それが最初は意図的であっても、いつしか無意識に潜在的にこういった行動を起こしてしまうんだ。」

「横山さんは、そういう環境で育ったんですか。」

後藤先輩は俯いたままそう尋ねた。

「彼女定期的に保健室に行ってるみたいで、親の離婚があったと、話していたみたいだ。」


親の離婚。


「俺と一緒だ…。」

「え?」

「あ、いや、何でもないです。」


一条先生は、俺をじっと見ていたが、目を逸らした。いや、目を逸らしてくれた。


「ここから先はあくまで僕の憶測だけど、彼女はあのお皿を僕たちに印象付けてから寝室のベット脇に隠した。ナイフも元々そこにあったんじゃないかな。そして頃合いを見てナイフを刺し、皿を壁にたたきつけた。」


反論する感情も知識もない俺と後藤先輩はただただ、虚ろな目をする一条先生を見つめるしか無かった。

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