第5話 ポルターガイストが止まらない

 後日、葉山さんの都合がいい日に家に行くことになった。


「久しぶりの快晴の日にポルターガイストに立ち会うなんて、なんか複雑だねー。」

 後藤先輩は頭の後ろで腕組をして、どことなく不服そうだ。


「別に雨の日にポルターガイスト起きたほうが、なんか嫌じゃないですか?」

「なんで?」

「怖いじゃないですか。普通に。雨とポルターガイストなんて、洋画ホラーの定番ですよ。」

「もしかして千景くん意外とビビり?」

 後藤先輩は明らかに俺を馬鹿にしている。


「いや、そういう訳……まぁ、多少人より、くらいです。」

「ビビりなんだぁ」

 突然顔を覗き込まれ、うわあっ、と声が出てしまう。

「私はお化けじゃないんですけど。」

 そんな俺らのやり取りを微笑ましく見守る一条先生が視界に入った。


「というか、一条先生って、怖いもの無いんですか?」

 後藤先輩が問いかけると一条先生は「え、僕?」と自分を指さす。


 一条先生は、怖いものかぁー…と呟き、顎に手を当て少し考えた後、

「制御を失った人間の言葉、かな。」と答えた。

 そう答えた一条先生は遠くを見つめる憂鬱そうな目をしていた。


「つまり人間が怖いってことですか?」

 後藤先輩があっけらかんと聞く。

「まぁ、そういうこと。こういう学問やってるし、年も取ったからあんまり怖いものも無いね。」

 なんだか説得力のある発言だ。でも、なんだろう。さっきのあの目は。


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「おじゃましまーす。」

 後藤先輩がまるで友人の家に入るかのように、葉山さんの部屋へ上がる。俺は、時々後藤先輩を見ていて不安になる。

「わぁ、きれい~。かわいい!」

 部屋に入ると、白を基調としたシンプルな家具と、ふわふわとした絨毯…女子大生らしい可愛らしい部屋だった。


「ポルターガイストが起こるとは思えない部屋だよね。」

「まぁ、確かに、そうですね。」

 夕方にもかかわらず、電気をつけなくても夕日が差し込んで部屋が明るく感じる。


 ふと部屋を見渡すと、部屋の隅に立つ一条先生の元へ、葉山さんが駆け寄った。

 何か話すのだろうか、と思いきや、特に何か話しかけることはなく、ただ隣に立っているだけだ。

 しかし、葉山さんの表情はどこか明るく、というより嬉しさを抑えたような顔なのが不思議に思えた。あまりにミステリーサークルで見たときの表情と違う。

 隣に立つ一条先生に視線を移すと、近寄ってきた葉山さんを、なんとも思わない様子で見た後、突然冷たい目をした。


 さっき見た憂鬱な目とは違う、冷酷な目。

 俺は見てられず、慌てて視線を逸らし俯いた。


 あの二人の間に何かがあるのだろうか。考えれば考えるほど、背後にいる二人の存在が怖く感じる。


「千景くん、どした?」

「あ、いや、え、えっと、トイレに…」

「ねぇ、普通に女の子の家で男子がトイレとか失礼だって。」

 後藤先輩のまた訳の分からない理論が飛んできたが、正直俺は何か返す余裕もなかった。


「玄関の正面が御手洗いなので…、どうぞ。」

 葉山さんが部屋のドアを開け、トイレを指さす。

「ありがとうございます…」

 葉山さんとすれ違う瞬間、微笑む葉山さんが、美しいとか、可愛いだとか、そんな風には思えなかった。

 さっきの違和感から、既に俺は「どこか怖い人かもしれない」と思い込んでいた。

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