第3章 普通じゃない家
第5話 ポルターガイストが止まらない
気づけば、季節は初夏。6月を迎えていた。
北海道に梅雨は無い、と聞くが、近年は梅雨と同様雨の日が続くことも多い。
ジメジメとした室内とは裏腹に、ミステリーサークルはいつも通り平穏な日々を送ってい…
「ああーーーーーっ!千景くん!」
後藤先輩が頭を掻きむしりながら大声で叫ぶ。
「な、なんですか…そんな大きい声出して。」
「もうすぐ夏休みだよ!?もう。」
「いいじゃないですか、大学の夏休みって長いって聞きますけど。」
その瞬間、後藤先輩が身を乗り出し刺さりそうな距離で人差し指を突き立てた。
「いい?人文学部の夏休みは、夏休みじゃないの。」
「え?」
「人文学部の夏休みは幻想なの!!あーーーーーーっ!!」
後藤先輩は勢いよく立ち上がり、狭いサークル内を走り回ってる。
「どうしたの?凄い声聞こえたけど。」
恐る恐る扉を開けた一条先生が不安そうに俺らを見ている。
「先生の権限で夏休みの課題、減らしてくれませんか。」
「無理だねぇ。」
珍しく即答する一条先生は、その後も付きまとう後藤先輩を手でヒラヒラと追い払った。
「あの…そんなに夏休みの課題って大変なんですか?」
「1年生はレポートが何個か、じゃないかな。大体1個1400文字はあると思うけど。」
「えっ。」
俺は完全に舐めていた。大学生活で夏休みの課題に苦しめられる人間が存在することまで考えていなかった。
「でも、どうせ君たちだったら、SNSで楽々1400文字くらい呟いてるんじゃないの?」
まぁそういわれると、そんな気がしてくるが、課題となればまた話が別だろう。
「じゃあ古典の課題に『うちのウサギがかわいい~~~ちゃんと待て!も出来るんですよぉ~~~~~~~~~』とか書いて良いってことですか?」
「ダメに決まってるでしょ。というか、後藤さんってウサギ飼ってるの?」
「飼ってないですよ。何も飼ってないです。」
俺はもはや呆れに近い。この人はどうして息を吐くように嘘がつけるのだろう。
一条先生は既に後藤先輩の奇声に構わず、ずっと一枚の小さな紙を見ている。
「先生?」
「…あぁ、ごめん。なんか話しかけてた?」
「あ、いや。なんか凄い真剣そうな顔つきだったので、何かあったのかと。」
「寺下くんは人間観察が得意だね?」
嫌味のない一条先生の優しい微笑み。この2ヶ月何度見てもまだ慣れない。
「寺下くんも受けてる日本文化学概論で、いつも授業の感想の紙を渡してるでしょ。」
「そうですね。」
一条先生は、毎回レジュメと一緒に小さなメモ用紙を配布する。
授業に関係ないことでも構わないので、何か話したいことがあれば自由に書いてください。というフリーメモだ。
初回の授業で内申点には関わらないと言われたので、俺は数回しか出したことがないが…。
「毎回提出してくれる子が居るんだけど、最近なんだか様子がおかしいみたいで。」
「様子がおかしい…?」
「4月頃は、日常の出来事を書いてくれてたんだけど、5月に入ってから、悲観的と言うか、なんというか…」
「それって五月病なんじゃないんですか?」
頭をぐしゃぐしゃにした後藤先輩が一条先生に近寄り、メモを覗き込もうとしたが、先生はその前にメモを胸ポケットにしまった。
何か見られるとまずいことでもあるのだろうか、そう勘ぐってしまうようなタイミングでしかなかった。視線を胸ポケットから一条先生の顔色を窺うと、しっかりと目が合ってしまった。
―――「寺下くんは人間観察が得意だね?」
この人には俺の考えてることが見透かされている気がする。さっきまでの微笑みさえも、少し怖く感じた。
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