第4話 心霊ドライブ
「なんかいざ心霊スポットに行くとなると緊張しますね!」
発言の割には、明らかに楽しそうな後藤先輩は助手席でニコニコとしている。
「いい意味で、後藤さんって変わってるよね。」
「よく言われます。」
確かに心霊スポットやホラー物が好きな女性は俺の周りで存在した記憶がない。寧ろ苦手な人の方が多い気がする。
「そういえば後藤先輩って下の名前、どういう漢字書くんですか?」
「凪に砂で
「いや、もし"渚"だったら、マグカップ青色の方が良かったのかな、とかふと思って。」
「私は好きな色のマグカップの方がテンション上がるから良いの。」
じゃあ、俺も正直黄緑のマグカップが良かったとは、口が裂けても言えない。もはやこの人は、後藤先輩というより後藤様に近いのだから。
「先生って運転上手ですね。」
「そりゃ、大切な学生二人の命を預かってるから上手じゃないと困るでしょ。」
「埼玉でも運転よくしてたんですか?」
「山の中の大学だから、運転はするけど、近くのスーパーとか行くくらいだよ。」
勝手なイメージで一条先生の口から「スーパー」という単語が出てくることに違和感を感じる。なんというか、家政婦とか雇って丁寧な暮らしをしていそうだ。ある意味生活感と言う言葉が似合わない。
「さて、そろそろ例の心霊スポットだね。」
俺はごくり、と生唾を飲んだ。車内は静まり返り、車体の揺れる音だけが聞こえてくる。
「あ…、耳鳴り。」
後藤先輩が呟いたあと、耳を抑えた。その直後、俺の鼓膜にもキーンと高い耳鳴りが襲った。そして、例の不気味な音楽も聞こえてきた。
「ちょっと車止めるね。」
道脇に車を寄せ、ハザードランプを炊いた一条先生はカバンから何かを取り出そうとしている。
「先生?」
「少しだけ外に出るけど、ちょっと待ってて。大丈夫、車の前に居るだけだから。」
先生は右手に何かを持ったまま、車のドアを開け外へ出た。
その瞬間。
キーーーーン
今までよりも強い耳鳴りに顔を歪める。ドアが閉まる風圧で少し収まった気がするが、まだ耳鳴りが止まったとは思えない。
「後藤先輩、大丈夫ですか。」
「大丈夫、けどあんまり長時間いると頭痛くなりそう。」
顔をしかめながらフロントガラスを見ると、何かを空に向かってかざしている一条先生の姿が見えた。何をしているのか、全く想像がつかない。
ただただ、後藤先輩と俺は目を閉じ、耳鳴りが止むのを待った。
「ごめんね。大丈夫?二人とも。」
「はい…」
「大丈夫じゃなさそうだね、帰ろうか。」
先生は来た道をUターンし、後藤先輩と俺の様子をしきりに心配していた。そして帰り道にもまた不気味な音楽が耳に響く。
10分ほど走らせた頃くらいから、耳鳴りも不気味な音楽も感じなくなっていた。
「先生は耳鳴り大丈夫だったんですか?」
後藤先輩が弱々しく聞くと「平気だよ。」と答えた。
やはり、こういう怪奇現象に慣れていると耳鳴り如きじゃ動揺しないんだろうか。
「あと、さっき何してたんですか?なんか、掲げてましたけど…」
「あー。あれはね、見せたほうが分かりやすいから、明日相談に来た学生と一緒に説明するよ。」
なんだかもやもやするが、正直今の状態で説明されても上の空で終わりそうだ。
「でも一つだけ言えるのは、やっぱり呪いなんかじゃなかった。」
「え?」
「だから二人とも安心して。もちろん、家まで送るけど、怖がることはないよ。」
バックミラー越しに一条先生の優しい笑顔が見える。今までの緊張がほどけていくような、肩の荷が下りたような感覚になった。
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距離的に先に後藤先輩を送り届け、その後俺も大学前の家まで送ってもらった。
「大丈夫?部屋まで送ってあげようか?」
一条先生が悪戯な笑顔で俺を見てくる。
「大丈夫ですって! もう怖くないです!」
「はいはい、逆に送ってくださいって言われても困るけどね。」
笑いながら「それじゃあ、また明日。ちゃんと説明するから、楽しみにしてて。」
後藤先輩も変わった人だが、つくづく一条先生もよく分からない人だと思う。でも、二人とも嫌いじゃない。むしろ、いつだって居心地がいい。
俺はオートロックのカギを開け、自室に戻った。
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