第3話 部室

 一条先生と待ち合わせしたサークル会館の1階は広めの休憩室のような雰囲気で、いくつかのテーブルと自販機が並べてあり、夜間まで活動するサークルもあるためか、端には「管理人室」のドアも見える。

「ごめんごめん、少し遅くなっちゃったね。行こうか。」

 数時間ぶりの一条先生の声に振り返り、抱えていたリュックサックを背負いなおした。


 螺旋階段を上り、指定された3階の端の部屋まで来ると、木製のドアに「ミステリーサークル」と印字されたサークルカードが貼ってあった。

 一条先生がノックすると、中から「はーい」という声が聞こえ、すぐにドアが開いた。


「ささっ、どうぞどうぞ。」

 後藤さんに案内されたミステリーサークルの部室は、男子大学生の1Kくらいの広さだった。

 部屋の真ん中には長机にパイプ椅子が5つ置いてあるくらいの簡素な部屋だった。

「最初はいろいろそれっぽいものを置いてミステリー感出してたんだけど、相談しに来た人が不気味がっちゃって。」

 後藤さんが指さしたパンパンに膨らんだゴミ袋には、骸骨の模型やミラーボールが半透明越しに見える。


「相談しに来る人、居るんだ。」

「失礼な!立派なミステリーサークルですよ!」

 一条先生の至極真っ当な質問に後藤さんは頬を膨らましている。

「例えば、今までどんな依頼があったんですか?」

「んー、そうだなぁ。レジュメを無くしたから探して欲しい。とか?」

 それはミステリーに関係するのだろうか。

「あとは、夜教室から猫の声が聞こえるとか。」

「なんだか、それはミステリーっぽいね?」

 一条先生が興味深い表情で後藤さんを見つめる。

「結局、大学内に住み着いた猫が発情期で鳴いてただけでした!」

「あぁ…」

 35歳がこんなにも落胆する表情を俺は初めて見た。


「まぁ、なんというか。僕も部員になっちゃったからには、本格的なミステリーサークルにしたいよね。」

「一条先生。もしかして意外と乗り気ですか?」

「寺下くん。何事もやってみるのが大事ってだけだよ。」

 満面の笑みで微笑む一条先生は、よく読めない。表情がコロコロ変わる先生は、俺よりも一回り大人だということを忘れそうになる。


「とりあえず、相談しに来る人もこの部屋じゃ、取調室だと思われそうだから、少しインテリアを増やそうか。センスは若い子たちに任せるよ。」

 そういって一条先生は財布を取り出し、後藤さんにお金を渡した。

「近くに可愛い雑貨屋さんがあるんです! 行こ!千景くん!」

「えっ、僕もですか?」

「乙女に重たいもの持たせる気?」

 "乙女"という表現に違和感があるが、余計なことをいうよりも付いていくのが得策だろう。


「行ってらっしゃーい」と手を振る一条先生を背に、俺は先陣を切って歩く後藤さんを追いかけた。

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