引きこもりのレイン
第17話
「レイン、レイン!しっかりして!」
体を譲られ、エルザの心配する声が耳に入ってくる。僕は目を開けた。脱がされた服はエルザが着せてくれていた。ブチギレいたあたりからの記憶は全く残っておらず、何が起こったのか全く覚えていなかった。ただ、魔力が使えたこと、そして魔法が使えたことに対する記憶だけは残っている。地下室に残っているのは人間の肉片と血だけだった。
「うっ……うぇっ……」
地下室の現状を見て僕は吐いてしまった。こんなにグロテスクな状況は今まで見たことがなかったので、当然の反応である。
「レイン!どうしたの?大丈夫?」
エルザは咄嗟に僕の背中を優しく擦って、落ち着かせてくれる。エルザの寝巻きは僕のせいで汚れてしまった。鼻につんとくる匂い。余計に気分が悪くなってしまう。
「誰がやったの?」
僕はエルザに質問する。
「……えっ?覚えていないの?レインがやったんだよ」
「僕?嘘……嘘って言ってー!ねぇ、ねぇ‼︎」
「急にどうしたの?レイン」
僕は知らない間に人を殺害してしまった。向こうの世界では重罪となってしまう。こんな状況に耐えられるわけがない。
「人をころ……殺してしまった……わぁ……うわぁぁぁぁぁぁ……」
「レイン、レインってば!ねぇ、しっかりして!」
「こんなの無理、耐えられない……また捨てられる……嫌だ、嫌だよぉ……」
「何言ってるの⁈そんな訳ない!戻ってきて、エルザの知っているレインに……」
頭の中が真っ白になってしまった。何も考えたくない。エルザの声は全く僕には届かなかった。それよりも僕の罪の重さに押しつぶされそうになってしまっていたのだ。
「もう嫌だ……僕は生きられない……魔法なんて使いたくない……」
地面に転がっていたナイフを首に突きつけて、自害しようとしてしまった。
「レイン!やめてぇ‼︎」
エルザは咄嗟に刃先を手で掴んでしまっていた。手からは血が出てきている。僕は手の力を緩めた。エルザはナイフを地面に捨て、僕に抱きつく。目には涙が滲んでいた。
「ごめん……ごめんね……エルザのせいで……」
「うっ……うっ……うっ、うっ」
数分間泣いていたと思う。僕は次第に落ち着きを取り戻していた。
「レイン。騎士団のみんなが見つける前に屋敷に戻ろ」
「……うん」
僕はエルザに体を預けた。騎士団の目に止まらないように裏路地を使い屋敷に向かう僕たち。騎士団の人が大通りを通った時には隠れた。何とか誰にも見つからずに屋敷に到着することができた。は僕とエルザはゆっくりと屋敷の中に入って行った。
「エルザ様、レイン様。無事だったんですね。本当に良かった……すぐにカイル様とレイナ様に報告を……その前にエルザ様はけがの手当てと服を着替えないといけませんね」
出迎えてくれたのはライラさんだった。僕は着替えをすると言うエルザについていき、部屋の外で待っていた。着替え終わったエルザに連れられて、父様と母様が待機していると言う部屋に向かった。
「エルザ、レイン。無事で良かった……本当に良かった……」
僕とエルザの姿を見た母様は僕とエルザを包み込んでくれた。目は潤んでいた。相当、心配してくれていたのだろう。
「二人とも、無事に帰ってきてくれてありがとう。レイン、エルザ。今日はゆっくりと休むといい」
父様も心配してくれていた。母様みたいに抱きついてくることはしなかったが、しっかりと伝わってきた。僕はリーナと一緒に部屋から出ていく。エルザもライラさんと一緒に部屋を後にした。
「レイン様。お帰りなさいませ」
「ただいま。心配かけてごめん」
「いいのです。無事に帰ってきてくれると思っていましたから」
リーナはいつも以上に明るく振る舞ってくれる。僕を気遣ってくれているみたいだ。今日の夜ご飯は僕の部屋で食べた。心を休める時間が必要だと思った父様の提案だった。リーナは僕の部屋で一緒に食事を食べてくれている。
「リーナ、ありがとう。付き合ってくれて」
「いえいえ、レイン様が寂しがると思いましたので」
「僕がここに来て、そうたっていないのによく分かるね」
「当たり前です。レイン様の侍女ですから」
リーナの笑顔には救われる。リーナのおかげで、今日起きた出来事を思い出すことはなく楽しむことができた。
お風呂から上がり、体がポカポカな僕はいつもよりも早い時間にベッドに寝転がった。色々ありすぎて、かなり疲弊していた。
「レイン様。おやすみなさい」
リーナは微笑みながら僕に言うと、布団をかけてくれた。
「おやすみ。リーナ」
僕は明るく返事を返すと目を閉じた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
先が見えない薄暗い空間に僕は立っていた。周りからは音も一切聞こえず、孤独を感じてしまっていた。
「これは、夢?」
僕は呟く。リーナと挨拶をして、眠りについていたはずだ。どう言う状況か全く理解できずに僕はひたすら真っ直ぐ歩く。
「この人殺しが!」
男の声が聞こえてくる。聞き覚えのある声だった。僕が殺した誘拐犯のリーダーで、名前はジルと言ったはずだ。
「そんなこと言わないで……聞きたくない……」
僕は両耳を塞いで、その場に座り込んでしまった。恐ろしかった。何も聞きたくなかった。
「人を殺して楽しかったかい?」
耳を塞いでも頭の中に直接、語りかけられているみたいに響いてくる。相手はジルと一緒にいた取り巻きの男だった。
「やめて……やめてよ……」
手が震えている。殺してしまった時の状況を思い出してしまっていた。人の形すら残らない状態の男たちの姿が頭に浮かぶ。
「お前は力を制御できずにみんなをどんどん殺してしまうなぁ!」
ジルのニヤリとした表情。さらに取り巻きたちも同じ表情をしていた。
「嫌だ……絶対に嫌‼︎僕のせいで誰かが傷つくところを見なくない‼︎魔法なんて使いたくない……使えないままが良かったのに……」
魔法を使うことが、とても恐ろしかった。僕は絶望顔をしてしまう。僕のせいで、バイオレット家のみんなが傷ついてしまう未来も容易に想像できてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
僕は飛び起きる。体は汗でベタベタに濡れていた。すっかり外は朝になっており、ドアがノックされる音が聞こえてきた。部屋の中にリーナが入ってくる。
「レイン様。どうしたんですか?凄い汗です」
リーナは僕の状況を見るとすぐに駆け寄ってくる。
「来ないで‼︎僕に近づかないで‼︎部屋から出たくない‼︎」
悪い夢のせいなのか、リーナの顔が誘拐犯の顔に見えてしまった。僕は怯えてしまった。体もガタガタに震えてしまっている。僕は布団の中に潜り込んで、部屋から出ることを拒絶した。リーナは僕に近づくのをやめた。リーナの瞳は濡れている。
「分かりました……せめて、着替えだけはしてくださいね……」
リーナは着替え一式とタオルを部屋の机の上に置くと、逃げるように部屋から飛び出していった。リーナの目からこぼれ出たものが、床の上にポツリと落ちる。
「ごめん……ごめんね……」
僕は布団の中で、謝罪する。リーナの顔が誘拐犯に重なって見えてしまったとはいえ、酷いことを言ってしまった。申し訳なさでぬ胸が一杯になり、一人で静かに泣いてしまった。
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