第15話
薄暗い地下室。暗さに目が慣れていない僕は視界がはっきりとしなかった。体もガタガタと震えている。怖かったのだ。これからどうなるのかも全く想像できず、すごく不安だった。ナイフで浅く首を斬られた感触もしっかりと残っている。だが、首から出ていた血はすでに止まっていた。手は柱に縛られていて、体を動かしても身動きが全く取れない状況だった。エルザも僕と同じ状態になっている。
「……エルザ。絶対に父様が助けに来てくれるから……」
「来なかったらどうするの?エルザたち……このまま殺されちゃうの……そんなの絶対に嫌だよぉ……」
僕はこれ以上、エルザを不安にしないように自分の感情を表に出さないようにして、必死にエルザを安心させようとするが、逆効果だった。エルザは目を潤わせながら、絶望した顔を僕に向けている。エルザの体は僕が見ても分かるほど、はっきりと震えていた。
「そんなの……僕だって……」
エルザには聞こえていないとは思うが、心の声が漏れてしまった。地下室よりも上の階から、足音が聞こえてくる。数人の慌てているような足音。会話の内容は聞こえないが、何かを話しているようだった。一体、何が起きているのだろうか……。
「くそっ!バイオレット侯爵め!騎士団を使いやがって!だから伯爵以上の貴族は嫌いなんだ!」
吐き捨てるように言う男。僕たちを誘拐した誘拐犯のリーダーだ。右目には魔物に引っ掻かれたような傷痕があり、強面な容姿をしている。男を見た瞬間、僕は冷や汗をかいてしまった。それだけの威圧感があった。エルザの表情は恐怖で埋め尽くされてしまっている。
「さぁ、小娘を口答えできないような体にしないとなぁ。そうしないと貴族に売れないからなぁ」
男はニヤリと笑う。男はエルザにゆっくりと近づき、エルザの髪の毛を掴み、顔を上にあげる。エルザは自分の気持ちを押し殺して、男を睨みつけていた。
「なんだ?その反抗的な態度は‼︎」
男はエルザの頬を容赦なく殴る。眼鏡が地面に落ちる。口からは血が出てきていた。
「あなたなんかに屈しない!エルザはレインを守るんだから!」
「へぇ〜。このガキが大事だったんだ。そうか、そうか。それならプラン変更だ!お前の前でこいつを痛ぶって殺してやる!依頼主にもそう命令されてるからな」
男の標的が僕に移った。男は僕に近づいて、みぞおちを思いっきり殴る。
「うっ……ゲボッ、ゲホッ」
食べた物が、胃から喉まで上がってくる感覚。気持ち悪かった。口の中が酸っぱい味で一杯になっている。何度も何度も男に殴られる。向こうの世界の思い出したくない記憶もフラッシュバックする。すぐにでも楽になりたかった。
「やめて、やめてぇぇぇぇ!」
エルザの悲痛な叫び声。目からは涙があふれだしていた。
「知っているかぁ?目の前で大事な人が殺されたら恐怖で言うことを聞くようになるんだぜぇ」
男の高笑い。僕の意識は飛びそうになっていた。エルザの声が耳に入ってくる。今は一人じゃない。僕もエルザを守りたかった。
「ははは……やれるもんならやってみろ……簡単にはくたばってやらないから……」
僕は男に笑顔を向ける。僕が耐えていれば、エルザは傷つかずに済むのだ。この程度のことなら耐えることができる。たかが一日。向こうの世界では一年以上も殴られ続けていたのだ。こんな程度の苦しみなど大したことはなかった。僕は歯を食いしばり、意識が飛ばないようにしていた。
「ちっ!うぜぇなぁ!お前ら、あれをやるぞ」
「了解だぜ!ジルの兄貴」
五人の取り巻きたちは僕の上の服を脱がせる。そしてそのうちの一人が胸元のあたりに人差し指をつけて僕の体を焼く。
「ぐっ……うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
僕は痛さに耐えきれずにうめき声をあげてしまった。目からは痛さで自然と涙が出てきてしまう。これはまるで拷問だ。胸元がひりひりと痛む。完全に火傷してしまっている。
「もうやめて!何でも言うことを聞くからお願い!」
エルザは必死に僕のもとに駆け付けようとしているが、鎖に阻まれてその場から動くことができない。これでは奴らの思うつぼになってしまう。
「……エルザ……僕は大丈夫だから……簡単に……そんなことを言ってはダメ……」
僕は最後の力を振り絞って、エルザにやさしく微笑む。身体はすでに限界を超えてしまっているようだ。
(また死んじゃうのかな……まだやりたいことがたくさんあったのに……)
向こうの世界にいた時と違って、今はやり残したことがたくさんある。守りたい人もできたし、バイオレット家の人たちを悲しませたくないと今は思っている。僕の意識は次第に薄れていき、力が入らなくなった。
「嘘……レイン……エルザを置いていかないで……」
エルザの声が耳に入ってきた気がした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「レイン、レイン。起きなさい、起きなさいってば!」
どこからか、女性の声が聞こえる。僕は目をそっと開ける。一面真っ白な空間の真ん中で僕と同じ大きさの女性が立っていた。年齢は僕と同じくらいに見える。とても美しかった。透き通った銀色の長い髪は魅入ってしまうほど。
「君は誰?」
「私はイルム。よろしくね」
「よろしく」
どこか人間とは違う不思議なオーラを漂わせている女性は笑顔で言う。
「僕は死んだんじゃ?」
「ううん。気絶しているだけだよ」
「そうか……まだ生きていたのか……」
僕は安堵の表情をする。こんな気持ちになったのは初めてだった。向こうの世界では生きることに苦痛を感じていたのに今はそんなことは一切感じていなかった。むしろまた元気にみんなに会いたいと思っている。バイオレット家のみんなと関わり出してから少しずつだが、ポジティブにものを考えることができている気がする。
「嬉しそうね」
「うん……またみんなに会えるんだから」
僕はとびっきりの笑顔をイルムに見せる。
「あの子を助けたい?」
「勿論。大切な家族だからね」
「そう。それなら私の力を存分に振いなさい」
イルムはそれだけ言うと姿を消した。
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