第13話

 エルザの午後の予定が一通り終わって、夕食の時間が迫っていた。昼食の時はカイル様とレイナ様はそれぞれ予定があると理由で一緒に食べれなかったが、バイオレット家のみんなからプレゼントをもらった後、初めての顔合わせになる。僕はある覚悟を決めていた。そのせいなのか少しだけ緊張していた。

 食堂に向かい、席に座らせてもらう。僕とエルザが一番で、カイル様とレイナ様はまだ来ていなかった。しばらく待っているとカイル様とレイナ様が入ってくる。カイル様とレイナ様が定位置に座ると食事が始まる。


「レイン、エルザ。お昼は悪かったな」

「私も参加できなくて、ごめんなさい」


 カイル様とレイナ様は、初めに僕とエルザに謝罪する。バイオレット家ではルールとして、家族全員でご飯を食べるというものがある。用事が入ってしまったなら仕方がないことなのだが、しっかりと謝ってくれた。いい人たちだと思う。僕もカイル様とレイナ様を見習わないといけない。


「仕事だったんですよね。ご苦労さまです」

「お疲れ様です」

 

 エルザと僕は言葉を返す。そんなやり取りをして食事を食べ始めた。


「あのう……すいません……一言だけ宜しいですか?」

「何だ?レイン。改まって」


 カイル様を初めとして、食堂にいる全ての人の視線が僕に集まる。とても緊張する。足も緊張から震えてしまっている。そんな中で僕は席を立って話した。


「父様、母様、エルザ、そしてここにいる皆様。僕の為にこのような素敵なプレゼントを買っていただいて、大変嬉しく思います。これからもよろしくお願いしたく存じます」


 僕はネックレスをみんなに見せて、深々とお辞儀をする。心臓の鼓動はいつもよりも早い。受け入れてもらえるか心配しているからだ。それでも僕は言い切った。これを言わないと始まらないとも思ったからだ。体も当たり前のように震えている。


「カイル。レインが私のことを母様と呼んでくれたわ……とても嬉しい」

「そうだな……レイナ。父様と呼んでくれたぞ」


 父様と母様は目を潤わせ、嬉しそうにしている。僕に近づいてきた母様は僕を優しく抱きしめる。父様の抱きしめてくれた。二人の体温を感じる。とても温かかった。さっきまで、緊張して体が震えてきたのに、今は全く震えていなかった。ほっとしたからだろう。


「パパ様とママ様だけずるい。エルザもする」


 エルザは羨ましがる。頬を膨らませながら僕に近づいてきたエルザも父様と母様みたいに僕に抱きついた。僕は体を預けた。みんなが僕を受け入れてくれて、感謝の気持ちでいっぱいになる。この感じとても癒される。これからもたくさん助けられるだろう。だらが僕は必死に恩返しをしようと決意した。

 食堂にいる全ての使用人が笑顔になる。長い間、抱きしめられていた。食事はまだ残っている。早くしないと温かい食事が冷めてしまう。


「父様、パパ様、エルザ。食事が冷めてちゃうよ」

「そうだったな。せっかく作ってくれたんだ。食べないと失礼だ」


 そう言って父様は僕から離れて席に戻る。父様が残念そうな表情をしていたのは気のせいだろう。母様もそれに続く。母様はポケットにしまってあったスミレの紋章が描かれている紫色のハンカチを目に当てて、拭っていた。エルザは満足そうな顔をしながら席に戻る。食事を再び食べ始める。


「そうだ、ワイズ。あれを持ってきてくれるか?」

「かしこまりました」


 ワイズさんは父様にお辞儀をして食堂から出ていく。そして少し時間をおいてワイズさんはスミレの紋章の描かれた立派な箱を父様の前に置く。


「お待たせ致しました」

「ありがとう」


 父様は箱を開けて、中から剣を取り出した。鞘にはスミレの紋章があり、存在感がある。さらに持ちやすそうな柄に、鞘から父様が剣を抜いた時に見えた切れ味の良さそうな刀身。手入れが行き届いていた。


「これをレインに授けよう。これはバイオレット家の家宝だ。屋敷から外に出る時には護身用として大事に使ってくれ」

「ありがとう存じます」


 右膝を地面につけ、両手で剣を受け取る。食堂全体が拍手で賑やかになる。手に乗せた時に感じたどっしりとした重さ。そしてこの剣はバイオレット家の家宝だと父様は言っていた。大事に使わなければならない。魔法が使えなくても強くなれると父様に言われた気がした。久々に握った剣、すぐにでも素振りをしたいと思ってしまう。

 食事を終え、食堂を出る。父様と母様と別れてた後、僕とエルザそれぞれでお風呂に入る。リーナにはお風呂の外で待機してもらう。さすがに裸を見せるのは恥ずかしい。お風呂から上がって、すぐ隣にある休憩所でリーナに髪を乾かしてもらいながら、ぽかぽかの体を涼ませていた。氷魔法を利用することで、冷房の部屋と同じ環境が作られている。


「涼しい」

「リラックスされていますね」

「うん。最高だよ」

「今日はお疲れさまでした」

「本当に疲れたよ」


 僕はリーナの足を枕にして横になっていた。やわらかい感触。目を閉じたらすぐにでも眠ることができそうだった。部屋の扉が開く音。お風呂から上がったばかりのエルザが入ってくる。ライラさんは近くにいないみたいだった。僕はすぐに体を起こした。


「レイン、ここにいたんだ。リーナもこんばんは」

「エルザ様。お疲れ様です」


 リーナはエルザに一礼するとソファーから立ち上がり、僕の後ろに立つ。


「うん。エルザもここに来たんだね」

「だって涼しいもん」

「だよね」


 軽い会話をした後、エルザは僕に何かを言いたそうな顔をしている。


「エルザ、どうしたの?」

「えっとねー。今日はレインと一緒に寝たい」

「いいよ」


 エルザは顔を赤らめて、僕を見つめている。恥ずかしがる姿はとても魅力的だった。今日の食事の時に僕と一緒に寝たいと言っていた気がしたので、気恥ずかしいが一緒に寝ることにした。部屋を出て、僕とエルザ、リーナ。そしてライラさんと合流して、エルザの部屋に向かう。僕は大きなあくびをする。


「レイン、眠たいんだ」

「……うん」


 向こうの世界ではこんなに早くは眠たくならなかったのに、この体では全く体力が持たないようだ。僕はそのまま眠りについた。

 夜も更けて、みんなが寝静まった頃。何か良くない気配を感じて僕は飛び起きる。窓ガラスは割れて、風が部屋の中に吹き込む。カーテンもゆらゆらと揺れており、窓には炎で溶かされたような焦げ跡があった。こんな状況なら誰かが気づくのではないかと思えるのだが、誰も部屋の中に入って来る気配もしない。


「……レイン。助け……て……」


 エルザの震える声が僕の裏から聞こえてくる。僕は恐る恐る振り向く。エルザの首元に当てられた銀色に光るナイフ。その後ろにはフードを被った男がニヤリと笑っていた。血の気が引いた様なエルザの顔。僕の体も震えている。


「……エルザを離せ!」


 動かない足に鞭を打って、机に置いてあった剣を手に取り、鞘から抜く。怖かった。でもそれ以上にエルザを助け出したかった。しかし刃先がガタガタと震えている。


「俺が、一人で来たと誰が言った?」

「えっ?……」


 僕が動くよりも先に後ろから拘束され、首元に刃物を突きつけられる。気配を全く感じなかった。首を浅く切られたことにより、血がポタポタと垂れている。ベッドが赤色に染められていく。


(やばい……殺される……嫌だ……まだ死にたくない……)


 頭の中が真っ白になる。身体の震えがどんどん強くなっている。


「レイン。血が……離して!すぐに治さないと!」


 エルザの引き絞ったような声。怯えながらも必死に僕を助けようとしてくれている。


「黙れ、小娘!死にたいのか⁈」


 男にナイフを近づけられて恐喝され、首を横に振るエルザ。一層、恐怖した顔になる。僕は剣をベッドの上に落としてしまった。血の気が引く顔になる。冷や汗が止まらなかった。身体も冷たく感じる。足が石になってしまったように全く動かない。刃物が接触した部分がヒリヒリと痛む。


「妙な気を起こすなよ。殺すぞ!」


 僕は男にこくりと頷く。僕を拘束している男もフードを被っていて顔を見ることはできない。僕とエルザを拘束している二人の他に三人のフードを被った男が姿を現す。全員がこの状況を楽しんでいるように見えた。逃げることも不可能。男たちの言うことを聞くしか無かった……。

 僕とエルザは手を鎖のようなもので縛られる。こんなに硬いと切断することもできない。更に叫ばないように口も封じられた。


「小娘にはこれをつけないと危険だ」


 男はそう言うとエルザの首に奴隷がつけるような黒色のリングが装着された。僕には装着するつもりはないようだ。僕につけないあたり、魔法を使えなくする効果が付与されているのだろう。

 僕とエルザは人攫いの時によく使われる人一人が入れるくらいの袋の中に包まれる。周りの景色からも遮断された。見えるのは茶色の布だけだった。


「上玉確保だぁ!行くぞ、お前らぁ!」


 エルザを拘束していた男の指示で動き出す。身体がふわりと浮くような感覚がする。高いところから飛び降りたのだろう。そのまま僕たちは屋敷から誘拐されてしまった。

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