第11話
「レイン。街に行こ」
「いいけど、予定はないの?」
「サボるからいいのー。早く行こ」
僕はライラさんの方に視線を向ける。ライラさんはにこりと笑っていた。怒っている様子はなさそうだ。
「分かった。行こ」
「やったー‼︎」
エルザに手を引っ張られながら僕は屋敷から出ていく。
「待って、エルザ。早いよぉ〜」
「待たない。えへへ、えへへ」
すっかりと機嫌が治ったエルザ。僕は安堵する。屋敷の門から外に出ると目の前に西洋風の街が広がっていた。たくさんの人が外で買い物をしていたり、洗濯を風の魔法を使って乾かしていたりとそれぞれ目的を持って行動をしている。
この世界は日常的に魔法が使われているようだ。馬車の数も多く交易も盛んなのだろう。領民のみんなが生き生きと生活していた。これもカイル様の尽力あってのことだ。
「レイン。あそこに行こ」
エルザが指しているのは、果物が並んでいるお店だ。エルザは走って店まで向かう。エルザと僕は手を繋いでいるので、はぐれる心配はなさそうだ。
「おばちゃん、こんにちは。いつものやつを二つください」
「はいよ。大銅貨一枚だよ」
りんご飴のような甘い食べ物をエルザは買ってくれた。この世界の通貨は小銅貨、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨という八つの区分がある。その中で大銅貨は日本円で表すと百円の価値がある。そして小銅貨は一円、銅貨は十円、銀貨は千円、大銀貨は一万円、金貨は十万円、大金貨は百万円の価値がある。
「ありがとう」
「はいね、またきてね」
エルザは果物屋さんの店番の人に手を振っていた。僕は頭を下げる。
「レイン、あげる」
「ありがとう」
僕はエルザから甘い食べ物を受け取ると口の中に運ぶ。
「これおいしい」
「そうでしょ、エルザのお気に入りなんだ」
「そうなんだ。他にもおいしい店を教えて」
「いいよ」
「やったー」
エルザと僕はいろいろな店を回って、食べ歩きをした。どの食べ物もとてもおいしかった。僕は観光に来ているような気分になって、楽しんだ。街のみんなはエルザと顔見知りみたいで、勉強をさぼってどれだけ街に出かけていたのかが容易に想像できてしまった。
「次はね~。あそこに行きたい」
エルザは行きたい店を指さす。店にはマジックショップという看板が書いてあった。僕の興味を引く名前だ。残念ながら魔力がない僕には使うことができないけど、ファンタジー小説が好きだった僕はワクワクした気持ちを抑えられずに、にこりと笑ってしまう。
「楽しそうだね」
「うん。すごく気になる」
エルザに連れられ店の中へと入っていく。
「あら、エルザちゃんじゃない。いらっしゃい」
「こんにちは。レナードさん」
「また勉強をさぼってきたの」
「さぼっちゃいました。えへへ、えへへ」
「ダメじゃない。しっかりと勉強しないと……領主様に怒られますよ」
「明日はしっかりやるから大丈夫、大丈夫」
「そう。それなら目を瞑ってあげる。エルザちゃん、ところでその子は?」
レナードさんは僕のことを確認すると、エルザに質問する。
「レイン、って言うの。エルザと姉弟になったんだよ」
「レインです。こんにちは」
「こんにちは。エルザちゃんがお姉ちゃんになったの?」
「分かんない。年を聞いていないから」
「そうだったの。ごめんね」
「全然いいよ。今から聞くことにしたか」
エルザは僕の方向を見る。レナードさんも僕を見た。二人に見られて変なプレッシャーを感じてしまう。
「えーと……六歳……」
「レイン、エルザと同じ年だったんだ。なんか嬉しい」
「……そう?」
「……うん」
「ふ~ん。さてはエルザ……」
「レナードさん。そ、そ、それ以上は言わないで!」
分かりやすく動揺するエルザ。にやけているレナードさん。僕は二人が何を思ったのか全く分からなかった。
「エルザ……苦労するかもね……」
「何で?」
「いや……何でもない……」
何か言いたそうだったが、それ以上何も言わなかったレナードさん。僕とエルザはともに首をかしげる。
「そうだ、エルザちゃん。今日は何を買うつもりだったの?」
「あっ……!忘れてた……」
エルザは本来の目的を忘れていたようで、少しだけ顔を赤らめていた。
「青色のこれと同じやつをください」
エルザはレナードさんに赤色で水晶玉のように透き通った雫の形をしたネックレスを見せた。普段はドレスで隠れていてはっきりと見えていなかったが、美しいと思った。
「はいはい。すぐに用意するね」
店の奥に入っていったレナードさんはエルザが持っているネックレスと色違いのものを持ってくる。
「お待たせ。魔力制御ができるネックレスだよ」
「ありがとう」
「今回は特別に金貨一枚でどう?」
「それだけでいいの?前はもっと高かったのに」
金貨一枚でもかなり大金だ。それにレナードさんは、原価はそれ以上だと言っていて、正直驚いてしまう。そんなものを買えるなんて、さすがはバイオレット家の令嬢だけのことはある。原価よりも安くしてもらったことに対して、申し訳なさそうな顔をしているエルザにレナードさん耳元で何かをささやいている。
「いいよ、いいよ。レインくんにあげるんでしょ?それに見た感じこの先、きっと必要になると思うから」
「レナードさん。ありがとう」
レナードさんに何かを言われてエルザは嬉しそうにしている。レナードさんに金貨一枚を渡すと店から出ていく。
「お買い上げありがとね。またね」
「バイバイ」
レナードさんに手を振るエルザ。僕はお辞儀をした。
「目的のものは買えたの?」
「買えたよ。はい、これレインにあげる」
先ほど店でエルザが購入していたネックレスを僕に差し出してくる。
「こんなに高いもの、僕なんかに相応しくないよ……」
「そんなことない!エルザの姉弟になったレインだから相応しいに決まっている!だから受け取って!」
「でも……金貨一枚上の値段がするし、僕なんかがつけても意味がないし……」
「もう‼︎レインの頑固者‼︎これはバイオレット家、みんなからの歓迎のプレゼントなんだよ」
「えっ?」
僕は疑ってしまった。養子に来たばかりで、僕のことも何も知らないはずなのにここまで歓迎されるとは思ってもいなかった。それに僕は魔力もなく、属性適性もない。そんな落ちこぼれの僕にもったいないと思ってしまっていた。
(カイル様に聞かれていたらまた叱られていたかな……)
「実はね……昨日、レインがパパ様に呼ばれた時があったでしょ?」
「……うん」
「その時にね、ライラにレインにプレゼントをあげたいと相談したの。そしたらバイオレット家の全員で歓迎しようと言う話になって……その時にね、エルザのネックレスとお揃いのものを買ってあげたら、って言われてパパ様からお金を貰っていたのに!……」
エルザの目は少しだけ潤っていた。
「ごめん……エルザ。せっかくサプライズで僕を喜ばせようとしてくれていたのに……」
僕は最低な人間だ。家族のように優しくしてくれるバイオレット家のみなさんのご好意に甘えているだけで、心のどこかで信頼していなかった僕がいた。また捨てられる。必要とされていない。そんなことばかり考えていた自分が恥ずかしい。バイオレット家のみんなと接して楽しかったのは確かだ。エルザにもいつも励まされていた。寂しい時も一緒にいてくれた。
「こんな僕でも……歓迎してくれるの……?」
「当たり前でしょ。レインはエルザが守ると決めたんだから」
「ありがとう……嬉しい……僕は……僕は……幸せになっていいのかなぁ……」
今まで見えていた景色が海面にいるように霞んで見える。目から出た涙が僕の頬を伝う。エルザは僕を抱きしめる。あの時と同じだ。胸に留めていた思いを吐き出した時に感じた感覚。やっぱり一番落ち着く。
「バイオレット家にようこそ。エルザの大事な弟……レイン……」
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