第9話

 僕が開いていた本には中央大陸の歴史が記されていた。僕は興味をそそられ、見入ってしまう。いつの間に仕事を辞めて、僕の隣に座っているカイル様。僕はカイル様と話をしながら楽しい時間を過ごした。


「そろそろ昼食の時間だ。食堂に行くぞ」

「はいっ。カイル様」


 僕はカイル様の後についていく。エルザから一通り説明を受けたが、この屋敷は広すぎるため迷子になってしまうと思う。全ての部屋を把握するには長い時間を要する。食堂の入り口では屋敷で働く多くの使用人が待っていた。その中にワイズさんの姿もある。


「お待ちしておりました。カイル様、レイン様」

「お疲れ様」

「お疲れ様です」


 ワイズさんたちに出迎えられて、僕は戸惑ってしまう。こんな経験は初めてだった。食堂の中には長いテーブルといくつかの椅子。どれも豪華だった。

 僕は失礼のないようにカイル様の行動を必死に真似をする。ワイズさんと使用人の人に席まで案内されて、椅子に座らせてもらう。カイル様はみんなの顔が見える場所に座っている。僕はエルザの隣に座った。僕とエルザの前には胡桃色のロングヘアを一つ結びにしているエルザと同じ空色の瞳の壮年女性がいた。印象としては前髪を半分に分けており、落ち着いた雰囲気をしていた。そしてどことなくエルザに似ている。


「レイン、彼女は私の妻だ。挨拶をしておけ」

「はいっ、私はレイン・バイオレットと申します。この度、カイン様のご厚意で養子に迎えられました。いろいろとご迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします」

「しっかりとした男の子ね。私はレイナ・バイオレットと申します。気軽に頼ってくださいね」

「はいっ、ありがとうござします」

「よしっ、挨拶は済んだな。食事を頂こう」

「いただきます」


 僕はしっかりと挨拶をして、食事を食始める。久しぶりの食事に手が止まらなかった。僕の前に用意されていた食事はみるみるとなくなる。


「カイル様。おかわりをしてもよろしいですか?」

「いいぞ。遠慮なく食べてくれ」


 僕が食べる姿を見て、みんなは笑顔で笑ってくれている。家族と食べた久しぶりの食事は一人で食べている時よりも美味しかった。僕は一人で三人分を平らげた。腹は十分に満たされていたし、大満足だった。


「ごちそうさまでした」


 感謝の気持ちを込めて手を合わせる。カイル様は青年女性を近くに呼んだ。


「レイン。今日からお前の侍女になるリーナだ」

「は、初めまして。リーナと申します。よろしくお願いしまちゅ」


 突然、カイル様に呼ばれて、ガチガチに緊張する赤髪のショートヘアに赤色の瞳を持ったリーナさん。幼さを残す容姿はとても可愛らしい印象だ。リーナさんは最後の最後で噛んでしまう。クスクスとみんなは笑う。僕も堪えきれずに笑ってしまった。頭から湯気が出てしまっているリーナさん。食堂は賑やかな雰囲気に包まれる。

 食事を終えた後、僕は自分の部屋に帰っていた。エルザはライラさんに連れて行かれ、勉強をしている。リーナさんは僕の部屋の前に立っていた。


「リーナさん、飲み物を用意していただけませんか?」

「はいっ、すぐに持って参ります」


 僕はそれだけ言うとカイル様の許可をもらって、持ち出した魔法のことが書かれた本を見る。属性適性がないと言われたので、使えないとは思うが妄想に浸ることはできる。僕がにやけていると扉がノックされる。


「レイン様、お飲み物を持って参りました」

「ありがとうございます。こちらに持ってきてください」

「はいっ」 


 リーナさんは返事をした後、部屋の中に入ってくる。リーナさんは飲み物を机に置くとすぐに部屋を出て行こうとする。


「待ってください。一緒にお茶でも飲みませんか?」

「そんな、恐れ多いことを……」

「遠慮しないでください。さあ、座って」

「レイン様がそこまで言うのでしたら」


 リーナさんは僕の隣の席に座る。


「見てください。こんな魔法があるみたいですよ」


 僕は本をリーナさんに見せる。


「これは水の魔法ですね。私も使えますよ」

「見たいです。見せてください」

「分かりました」


 リーナさんは氷を僕の飲み物の中に入れる。魔法の本の説明によると氷魔法は水魔法派生であると記されていた。


「ありがとうございます。これで美味しくいただけます」


 魔法を使っている時のリーナさんは楽しそうで、それを見ている僕も楽しい気持ちになる。緊張もほぐれているようだ。


「今の方が僕は好きです」

「あ、ありがとうございます。緊張がほぐれました」 

「よかったです。僕の前ではこちらのリーナさんでいてください」

「わ、分かりました」


 僕はリーナさんを見て微笑む。リーナさんも微笑んでくれた。リーナさんと話しているうちに夕食の時間が来たみたいだ。僕たちは再び食堂へ向かいみんなで美味しくご飯を食べた。お風呂も入り、就寝の時間がやってきた。


「おやすみなさい。レイン様」

「おやすみ、リーナ。明日もよろしくね」


 僕はリーナが部屋から出ていったのを確認すると目を閉じる。なかなか眠ることができない。一人で寝るのがこんなに怖いなんて……。

 今日はバイオレット家のみんなと一緒に過ごす時間が多かった為、一人になった途端に急に寂しくなってしまった。それだけ今日は充実していた。


「眠れない……」


 僕はポツリと呟く。いつまで立っても眠れる気がしない。僕は静かに部屋から出る。昼食の時にレイナ様は気軽に頼ってくださいと言っていた。その言葉を思い出してレイナさんのところに向かったのだ。


「レイナ様、レイナ様。まだ起きていらっしゃいますか?」

「レイン。どうしたの?」

「一人だと寂しいです……そばにいてください……」


 僕は小さな声で話す。向こうの世界では一人で寝ていても全く寂しくなかったのに今は寂しさを感じる。家族の温かさに触れたせいなのだろうか……。

 レイナ様は僕を部屋に向かい入れてくれた。そして僕をベッドで寝かせて、隣で僕の頭を撫でている。とても安心する。先ほどの寂しさが嘘のように消えていく。


「レイン。本を読んであげる」

「ありがとう存じます。レイナ様」


 レイナ様は自分の部屋にあった本を持ってくる。僕はレイナ様に寄りかかりながら、本を見る。ゆっくりとした落ち着いた声が僕の眠気を誘う。僕は目を閉じて、数分も経たないうちに眠りについた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 レインが眠りについた後、レイナはレインの顔を見つめていた。体に寄りかかっていたレインの頭を起こさないようにゆっくりと枕に移動させる。


「ふふふ、可愛い」


 気持ちよさそうに眠っているレインに対して、レイナは優しく微笑む。


「まだ、こんなにも幼いのにこの子を放り出すなんて……」


 レインの頭を撫でながら、ふつふつと怒りが込み上げてくる。


「レインの親に変わって私がしっかりと立派な子に育ててあげる。だからいつでも頼ってね」


 レイナはレインを立派な大人に育て上げると決意した。そして僕を背中から抱きしめながら眠りについた。

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